第6話

 その後、俺はどこかの牢屋に投獄された。別に拷問とかは無かったけれども、食事はないし、水もない。娯楽なんて一人でしりとりをするくらいしか思いつかない。暇過ぎてグリュネ達への怒りも萎えちゃったし、正直言って早く帰りたい。


 でも残念ながら俺の牢屋は二人の警備員によってしっかり見張られている。彼らは腰に剣を下げてるし、正直言って生身でも勝てないだろうし。


「すみません、いつ帰れますか?」


「罪人が帰れる訳ないだろ!禁錮だ!」

 ダメ元で聞いてみたが、やっぱり帰れなさそうだな。こうなったら、色々悪あがきしてみるしかないかな。


 まずは買収してみるか。警備員の給料って日本では安かったし、きっとこの世界でもそうに決まっている。10万円でもこの提案に飛びつくだろう。


「あの、あなた方がここから私を出してくれたら、10万円差し上げますので、どうかお願いしますよー」

 

「10万円?なんじゃそりゃ?聞いたことあるか?」


「ないな、一体それはなんなんだ?」


 しまった。日本円がこの異世界で使われている訳無いだろ馬鹿。金銭関係も分からない以上、身体を売るしかーいやいや、それだけは嫌だ。


 何か方法がないか頭をフル回転させると、スキルの存在を思い出す。確か、恋愛相関図とか言う能力を使ってみてなかったな。あんまり意味がなさそうだが、何事もやってみないと分からないな。


 心の中で『恋愛相関図』と唱えると、ホログラムスクリーンが宙に浮かび上がる。『恋愛相関図』というボタンを押すと、数人の顔写真が表示される。アレクサンダーと、フランシスだ。


 誰かの恋愛相関図を閲覧するには、相手に触れることが条件である。つまり、俺はこの二人には触れているということだ。一方で、俺は二人の警備員に触れてないから、恋愛相関図を閲覧できないらしい。


 要は、警備員に触れればいいってこと。


「十万円を見せてあげるからこっちに来てくださいよー」

 そう呼びかけると、警備員が二人共まんまと鉄格子の前まで近づいてきてくれた。これで二人共に触れられる。二人の警備員の胸にそれぞれ少し触れる。これでよし。


「やっぱり気のせいだったわ。」


「なんだよ、気のせいかよ。」

「がっかりさせんなよ。」

 そう言うと二人はしょんぼりした様子で持ち場へと戻っていった。その間に恋愛相関図に登録されているか確認すると、きっちり登録されていた。


 早速見てみることにしよう。二人の顔写真をタップすると、複雑に入り組んだ図が二つ表示された。えっと、二人の名前はハンスとヴァンス。どうやら兄弟らしい。二人共結婚していて、子供がいる。しかもどちらも一人っ子だがー不倫?なぜかハンスの妻とヴァンスが不倫と書かれた矢印で結ばれている。


 これ、使えるぞ。もしかしたら出してもらえるかも知れない。


「ねぇ、ハンス」


「お前ッ、なぜ俺の名前を?」

 ハンスは明らかに動揺する。


「私はね、あなたの事をよーく知ってるのよ。特にあなたの妻マーサのことをね。」


「なっ、どういうことだ!」


「この牢屋から出してくれれば、もっと教えてあげるよ。」


「出すから、妻には手を出さないでくれ!」

 どうやらハンスは、俺がこいつの妻を殺そうとしていると思い込んでるっぽいな。まあ、これを利用しない手は無いけどね。


「いいわよ、出してくれたらね。」


 ハンスが牢屋の鍵を開けようとした瞬間、NTR野郎ーじゃなくて弟ヴァンスが余計なことを言う。


「待ってくれ兄ちゃん!こいつ絶対嘘ついてるぜ!出しちゃいけねぇよ!」


「ダメだ……嘘だとしても、俺は妻のことを危険には晒せない。」


「兄ィ……」

 

 ハンスは牢屋の扉を開ける。ついに、窮屈な牢屋の外に出られた。それにしても、妻を優先第一に置くハンスは格好いいな。尊敬に値する精神だな。


「じゃあ、約束通りマーサを解放してくれ!」

 

「え?マーサは安全だよ。」


「良かった……」


「ほら言ったろ、兄ィ!これで罪人を外に出しちゃったじゃないか!」


「待て待て、私は敵じゃない。敵は君の弟君だよ。」

「どういうことだ?」


「単純だよ。君の弟とマーサくんは毎日イチャイチャしてるんだよ。」


「は?」

 急に自分の話になったからか、図星だからか、ヴァンスが驚いた顔をする。


「待て、エルナーじゃなくてエルナ様、それは本当なのか?」

 本当か本当じゃないかは正直言って分からないけど、こういう時は話を誇張しとけばいいんだよな。


「100%確実にだ。」


「ヴァンス、まさかお前俺の愛する妻を……」


「違うんだ!あれはあっちから求まれてー」


「許さない!殺してやるッ!」

 そう叫ぶと同時にハンスはヴァンスへと殴りかかる。そしてそれに応戦するヴァンス。喧嘩に夢中で俺のことなんか見えちゃいないな。これなら余裕で脱獄できそうだ。


 殴り合いに巻き込まれる前に、足早にこの場を去るとするか。「出口」と分かりやすく書かれている方へと向かう。そんなにあからさまに出口の方向を示すか少し心配になったものの、少し進むと大きな草原に出た。普通に脱出できたみたいだ。これで晴れて脱獄犯だ。


 外は清々しい晴れ。さっきまでの退屈が嘘のように払拭されていく。さて、ここからどうやって家ーと呼べるのかな?に帰れるのだろうか。とりあえず、周りの人に道を聞いてみようか。


 周りをキョロキョロと見回すと明らかに怪しい、執事服の男が長剣を片手にーってアレクサンダーじゃないか。なぜかアレクサンダーが武装して刑務所の前まで来てる。こいつもしかして俺を助けに来たのかな。


「おーい!アレクサンダー!」


「エ、エルナ様?どうやってここにーとりあえず逃げましょう!」


 アレクサンダーに手を引かれて、俺達は足早に草原を駆け抜けるのだった。

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