第4話

アレクサンダー・ベイン。

自分というかエルナの人生においての重要人物。今後も絶対に関わることになりそうな人物ナンバーワン。


急いで『恋愛相関図』のホログラムを閉じる。

一瞬スキルを見られたか、少しヒヤヒヤしたがー


「エルナ様?どうしたんですか、バタバタして?」

アレクサンダーが心配そうに訊く姿を見て、安心した。一応バレてないようだ。


「なんでもねえよ。」


「なんでも…ねえ?」

アレクサンダーは更に心配そうな顔をする。


あ、やらかした。

今は女なのに完全に男の語尾で話してしまった。

これじゃあ怪しまれるに決まってる。女性の話し方を意識しないと。


しかしここで大きな問題に気づいた。

女性の話し方ってどういう感じなんだ?周りの女性なんか高野と妹しかいない。高野はほとんど男子だったし、妹はオタクだから正直言って参考にならん。

こうなったら、何ヶ月か前に見た、一話目で脱落した恋愛ドラマの話し方を真似るしかない!


「な、なんでもないわよ!」

動揺しながらも、考え着いた最適の返事をする。


「ならよかったです!」

アレクサンダーは一杯の紅茶を俺に渡しながら、満面の笑みを浮かべてそう言った。どうにかミスを挽回できたみたいだ。危ない危ない。


熱々の紅茶を冷ましながら啜る。あれ?あんまり美味しくないな。なんていうか、水に近い味だし。本場のお茶ってこんな感じなんだろうか?一口味わって、コップをベッド傍の卓袱台に置く。


というか、この部屋も正直言って狭いし、見窄らしいし、底辺貴族って貧乏なのだろうか?

ふと疑問に思う。


「資金が本当に足りませんね。もうあと何ヶ月持つか…」

俺が怪訝な顔をしたのに気づいて、アレクサンダーは口を開く。


「資金が足りない?」

心の中で呟いたつもりが、思わず声に出てしまった。


「はい、そうなんです。お忘れになってしまったかも知れませんが、低級貴族の収入の半分を中級貴族の収入へと回すことが最近の議会で決まったんですよ。それのせいで私たちの元々逼迫した経済状況はさらに悪化し、破産ギリギリの所なんです。」

要するに、俺みたいな低級貴族の収入の半分を中級貴族の収入に回されたから、まともな紅茶が買えなかったり、部屋が汚かったりする訳なのか。しかし収入が半額なんて、正直言ってあり得ない。それじゃあ生きていける訳がない。


「許せないわね。」


「ええ、その通りです。だから今日の11時から収入半減の議決へ抗議しに地方議会に出向き、議決を取り消させるのです。」


え?抗議?そんな話は初耳なのだが。そりゃそうか。転生したばかりだし。

「ちなみに今何時?」


「10時30分でございます。」

やばい。30分後に抗議をしに行くなんて。用意もまともにできてないのに、急展開すぎる。ゲームの世界だと急な展開はとても刺激的で面白いものの、現実世界でやられると、たまったものじゃない。今日いきなり抜き打ちテストをやるようなものだ。


でも逆に30分あるとも考えられる。この30分で、抗議の作戦を考えればいいだけの話だ。ならば、今ここでアレクサンダーと話している場合じゃない。今すぐ準備をしないと。


「アレクサンダー、私は抗議の準備をするから、部屋から一度出てって頂戴。後でまた呼ぶわ。」


「分かりました。お着替えはもうクローゼットの中にありますので、着替え終わったら呼んでください。」そう言うと、俺に向かって一礼し、部屋から出ていった。


よし、どうにかあいつを撒けたようだ。そもそも誰と抗議をするのか分からないのは致命的な問題だ。急いで抗議する相手の名前を割り出さないと。


再びホログラムスクリーンを起動させ、人物紹介機能を使う。えっと、『今日この後の抗議会に出席する人』で検索、と。


(転生したんだから遊んで暮らせると思いきや、いきなり抗議会に出席するなんてな。死んでも仕事からは逃げられないみたいだ。)心の中で苦笑しながら呟いた。


情報のロードが終わると、俺を含む4人の男女の顔写真がスクリーンに写し出された。

一人は金髪パーマのお嬢様って感じの女性。名前はエンペリ・グリュネで、明らかに悪役って感じの顔をしている。爵位は俺より一つ上の男爵級。やっぱりこの嬢さんが俺の給料を減らしたみたいだ。で、次が太った中年のおじさん、ゼス・エリオ。爵位は男爵級でーってこいつも俺の給料を減らした犯人なのか。


形勢は2対1か。正直言って二人に立ち向かう勇気は無いのだがー

(フランシス・マーサ?)


最後の出席者の名前。紫色の髪のどこか根暗な少女の爵位は騎士級。俺と同じ底辺令嬢。どうやらこの少女も俺と同じように給料を半減させられた貴族のようだ。同じ立場な以上、一緒に抗議する仲間だと考えて良さそうだな。


総合的に見ると、なんというか、すごく尖った面子が集まってるな。俺の髪色は黒なのに、今になって紫髪が出てきたり、アニメかっつーの。


おっと、それより着替えないといけなかったな。流石にこのドレス風パジャマで出かけるのは良くないし、会議である以上、正装は社会のマナーだもんな。確かアレクサンダーは着替えはクローゼットの中にあると言ってたっけ。


部屋の一隅に置かれたクローゼットの中を見てみると、かぎ裂きだらけのドレスが置いてあった。多分純白のドレスだったのだろうが、今は汚れで灰色に変色してしまっている。結構ガチめに収入源が断たれたようだ。


そんな貧相なドレスを着ようと意気込んだんだけれどもーここで問題発生。俺はドレスを着た事ないんだよな。俺に女装の趣味なんて無かったし、高野なんて上下常にスーツだったしな。まあ、悩んでいてもしょうがないので、試しに着てみようとすると、案外スッとドレスを着こなせた。特に苦戦もせず、数十秒で着替え終わった。


(体が覚えているとはまさにこの事だろうな。)

自分が別に覚えた訳でもないのになぜか誇らしい。


とりあえず用意もできた事だし、アレクサンダーを呼び出すとするか。

「アレクサンダー!終わったわよ!」

きちんと語尾に気を付けながら呼びかける。


「承知しました、失礼します!」

そう言うと、アレクサンダーは部屋のドアを開けると、俺の姿を見て頬を赤らめる。


「とても、美しいです。」

恥ずかしそうにアレクサンダーが言う。


(あ、こいつ俺のこと好きな感じだな。)

流石乙女ゲー。いきなり恋愛フラグが立っている。


「なら良かったわ。」少し照れながら返事をする。

しかし俺が男だとしても、美しいと言われるのは決して悪い気分ではないな。

しかも言ってくれる人がこれほどイケメンだと尚更嬉しいな。


アレクサンダーは恥ずかしさを払拭しようと、咳払いをすると、

「では、抗議会場まで行きましょうか。」と手招きしながら言った。


「ええ、行きましょうか。」

ポーカーフェイスを貫いているものの、内心緊張し過ぎて、心臓がバックバックである。準備無しで議会に挑むなんて、不可能だよー!と心の中で愚痴りまくる。


部屋から出ると、アレクサンダーが先頭に立ち、俺が後ろに続く。

どんな所で抗議するんだろう。やっぱり大きなホールとかでなのかな?歩きながら疑問に思う。


「もう少しで着きますよ。」

そうアレクサンダーが言うと、目の前に立派な鉄の扉が現れた。

どうやらこの先に会場があるようだ。


俺は重厚な扉をゆっくりと開ける。その瞬間、庭の風が顔にそっと触れる。そこには、美しい庭園が広がっていた。


(俺はどこに居るんだ?)


一歩踏み出すと、柔らかな草の感触が足裏を包み込む。ささやかな音が立ち上がり、彼の心を穏やかに包み込む。まず俺の目に飛び込んできたのは、豊かな緑の絨毯のような芝生だった。鮮やかな色彩が光に輝き、太陽の光が葉々に揺らめく。


庭の一角には、優雅に咲く花々が優しい香りを漂わせていた。ピンクや紫の花弁が風に揺れ、まるで歌っているかのように見えた。


小さな池の水面には、優美な蓮の花が浮かんでいる。その姿はまるで妖精のようであり、俺の心を奇妙な魅力で引き付ける。そしてそんな庭の中央に、3人の男女がテーブルを囲んでいた。どうやら俺が最後の一人の参加者のようだ。


(いよいよ修羅場か。)


「エルナ、ここに座りなさい。そして、楽しい会話をしましょう!」

金髪パーマの女性、グリュネは俺の手を取り、椅子に座らせる。


グリュネの執事のような老人が慣れた手つきでテーブルの上に紅茶を人数分置いていく。

「じゃあ、お話しよっか!」グリュネは口角を釣り上げてそう言った。

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