第2話

(はぁ。通り魔に殺されるとはな。)

暗闇の中、遠のく意識を必死に繋ぎ合わせて思いを馳せる。


ごめんな、母さん。首相まで登り詰めるって約束したのに。

ありがとうな、父ちゃん。俺の夢をいつまでも応援してくれて。

頑張れよ、妹。大学に受かって、立派な医者になってくれ。


そして高野。お前ともっと過ごしたかったな。

俺が死ぬ間際の高野の顔を思い出す。涙で濡れた美しい顔を。


また皆に会いたい。そう強く思うが、もう死んでしまった身だ…死んだよな?

あの出血量じゃあ流石に死んでるよな。百年に一度の奇跡の蘇生を期待したけど非現実的か。


(死んだらどうなるんだろうな。)

意識がさらに薄れていく。もう思考するのも限界に近い。

輪廻転生しても、家族や高野みたいな素晴らしい人に出会えるといいな。


『都知事の常和藍が今日午前12時14分頃、通り魔に刺されー』

静寂な暗闇の中でテレビの速報の音が響く。


この期に及んでテレビの速報が聴こえるなんてな。どんだけテレビ気にしてるんだよ。

俺の空虚な幻聴だと思い込んだが、次の瞬間ー


『容疑者は、東京都知事選挙で常和氏に敗れた菊池春馬議員と見られており、警察が取り調べを行っています。』

今回ははっきりと聞こえた。一言一句はっきりと聞き取れた。幻聴じゃない。


俺の身を包んでいる暗闇に光が差し込む。

(眩しッ!)


光の方からテレビ速報の音がする。

もしかして、俺はまだ生きているのか?もしかして病室の中なのか?

俺に希望が戻ってくる。まだ生きているかもしれない。そんな根拠の無い希望に身を任せ、謎の光へと暗闇の中を泳いでいく。


(家族に、高野にまた会えるのなら、俺はなんでもする。)

光の方へと必死に泳いでいくにつれ、テレビの音も大きくなる。


(俺は、まだ生きるんだッ!)

光をついに掴むと、光は更に発光し、暗闇を照らしていく。暖かい光に包み込まれる。

その温もりは気持ちよく、訛った身体をゆっくりと起こしていく。四肢の感触がする。意識も鮮明だ。


ゆっくりと目を開ける。

(俺はまだ生きているのか?)


『速報です!常和知事の死亡が確認されました!』テレビから不吉な速報が流れる。

(え?俺って死んでるの?ならここは一体どこ?)

徐々に視界がはっきりしていく。


「えっ…ここどこ?」思わず絶句してしまった。

なんと、俺は青空に照らされた雲の上に立っていたからである。ついに自分自身が死んだことを理解する。


「ここは、天国か。」

しかし天国でもテレビがあるのか。テレビの音が未だに響いている。


「やっちゃったよね、これ。」


「うん。」


テレビの方から二人の声がする。咄嗟に声の方を向く。

(えっ、まじかッ!)

ほとんどのことで動じないはずの俺が心の中で叫んでいる。


なんと、多分神様と死神がテレビの方を向いて会話をしていたのだ。死神は黒いローブを全身に纏った骸骨で、片手には大鎌。そしてとてつもなく低い声。死神のテンプレのような存在だ。一方で神様のような人物は、古代ローマで着るような純白のトーガを身につけている老人。むっつり顔をしていて、極度のO字ハゲ。そんな二人がなぜか焦った様子で話している。


「すみません。ここってどこですか?」

とりあえず声をかけてみると、二人揃ってこちらを向いた。

そして二人揃って同時に顔が青褪める。表情が読めない死神に限っては雰囲気的に青褪めている気がするだけなのだがな。


「人の顔を見て青褪めるのやめてもらえますか?」

別に不細工ではないと思うんだけどな。顔を見ただけで青褪めるのは心外だ。


「来たよ、被害者が…」

死神が俺の話をガン無視で何か言っている。

被害者?確かに殺されたけど一体どういうこと?


「ああ。もう向き合うしかないのかもな。」

神は唾を飲み込み、覚悟を決めた様子。


(一体何が始まるんだ?)

不安に駆られた瞬間、二人が急に両膝をついて、俺に向かって土下座をした。


「「申し訳ございませんでしたッ!!!」」

二人は息ぴったりで謝ってきた。


(あれ?俺何かされたっけ?)

ポカンとしている俺の様子に気づいたのか、死神が説明してくれた。


「あのですね、実は殺す相手を間違えちゃって…」

死神の話によると、命を刈り取る相手を間違えて、俺を殺しちゃったそうなのだ。

本当なら、菊池は俺ではなく、もう一人の常和を刺すはずだったらしい。


「え?そんな間違えるものですか?」

そんなミス、国会議員なら即辞職だ。正直言ってありえない。


「でもしょうがないんだよ。同姓同名の奴が居合わせるとは思わなかったんだもの。」

太った神が死神の肯定へと回る。


要するに現場に二人の「常和藍」が居たから、間違えたと。

全く言い訳になっていない。死神だったら殺す相手の顔くらい覚えろと思ってしまう。


「で、お詫びというか、尻拭いなんですけど、異世界転生してくれませんか?」


「え?」

死神から意外な提案が上がった。異世界転生。

てか、異世界転生って何?妹がそういうの好きだから言葉くらいは聞いたことあるが、一体どういう意味なんだ。


「もしかして、ご不満ですか?」


「いやっ、ただー」


「そりゃあそうだろ!俺たちが勝手に殺したんだぜ!なのにスキルも無しで異世界転生なんて普通キレるだろ!お詫びがなってないんだよ!」

なぜか神が俺の話を遮って叫ぶ。


「なら、乙女ゲー系統の異世界に無双スキルで放り込むのは?」


「そうだ。それくらいの対応はしないと!」


え?どういうこと?俺を他所に話がどんどん複雑化していく。

俺はただ異世界転生についての詳しい説明が欲しかっただけなのに、なぜか話が勝手に進んでいく。

スキル?英語スキルとか、プログラミングスキルのことか?

乙女ゲー?無双スキル?何が何だかよくわからない。

今となって妹に勧められたにも関わらずライトノベルを一度も読まなかったことを後悔する。


「よし!そうしよう!そんな最高な環境なら異論は無かろう!」

そしてなぜか話が俺の合意なしで纏まる。


(クソッ!なんだ神様と死神が狂信的なライトノベル信者なんだよッ!)

価値観がバグってるってレベルじゃない。


「じゃあ方針は決まった訳だし、スキルとかの希望を聞いておくか。」


「そうですね、神様。」

なんでこの二人はこんなノリノリなのだろうか。まるで反省していない。逆にこの状況を楽しんでいるように見える。こうなったらもう俺には止められなさそうだ。流されるしかないだろうな。


(選挙の結果発表した時より憂鬱だぜ。)


「じゃあ、常和君、どんな無双スキルがいい?」

無双スキルっていうのは、要するに唯一かつ圧倒的な能力のことを指すのだろう。

ここまでは分かるんだが、いざどんなスキルがいいと聞かれるとな。


俺の短い人生で最も役立ったのは資料だ。統計局の資料に何度救われたことか。情報を簡潔かつ具体的にまとめて、資料にする能力。そんな能力があったら、どれほど強いことか。

父が良く言っていた、『ペンは剣より強し!そして情報は核より強し!』と。心が決まった。


「俺は情報を簡潔かつ具体的な資料にする能力が欲しいかな。」


「おー!俺は常和の意図が分かりますぞ!」

流石死神、情報の強さを見抜いたようだ。


「どういうことだ死神よ!」

そして能天気そうな神様は何も分かっていない様子。


「まだまだですな、神よ。常和はすなわち、乙女ゲーに恋愛相関図を持って行きたいと言っているのだよ!」


「なんと!乙女ゲーに恋愛相関図なんて、無双中の無双じゃないの!常和って天才じゃないの!」


いやいや、「天才じゃないの!」じゃなくて。

死神も全然分かってないし。どういう脳の構造をしてたらこんな思考回路になるのだろうか。


「もう決まったな。」


「そうですね。」


「これで主神に減給されなくて済むな!」


「そうですね!」


「「ハハハッ!」」

熱い抱擁を交わし、バカ二人が高笑いをする。


もう呆れ返ってしまう。

俺の人生でこれほどまでに非常識的な猿はあのデブタレント以外初めてだ。

今何か文句を言っても後の祭りだ。もうこのバカどもに任せた方がストレスフリーかもしれない。死んでもストレスに襲われるなんて、なんてことだ。


「もうあとは任せる。転生する時になったら教えてくれ。」


「あっ、常和君、今もう転生の準備してるよ。」

よく見ると、死神がスマホらしき物をいじっている。

案外神様ってハイテクなんだな。


「あと2分で転生開始です!」


「楽しみだな!」


「そうですな!」


二人はまたきゃっきゃっとはしゃぎ始める。

なんでこの二人が楽しみなのかよく分からない。


「あ、そうだ常和君。君の記憶は引き継がれるけど、外見とか年齢とかはランダムだからね。」


え?外見と年齢はランダム?

ポロッと重大なことを話してるじゃないか。要するに25歳の知識を持つ5歳の子供になる可能性もあるということか。そんなどこかの名探偵みたいな状況にはなりたくないな。


「あと15秒だよー!」


やばい。緊張する。

後15秒で俺の二度目の人生が決まる。

合意無しの二度目の人生が始まる。


怖いけど。怖いけど、ワクワクしている。

知事に就任して以来の胸の昂り。


「じゃあ行くよ!転生ッ!」

そう神様が唱えると、俺の体が光輝き、粒子へと変化していく。


(俺、光って…粒子になってない?)

足から徐々に体が粒子へと変化し、空へと放散していく。

変な感じだ。四肢が粒子になって消えても、まだ感触があるというか。


数十秒経つと、俺の体はついに頭だけになってしまった。

「常和君、がんばってね!」と神様。

「常和、応援してます。がんばってくださいね!」と死神。二人が最後に挨拶してくれた。


「分かったよ。精一杯頑張らせてもらうよ。」

この二人、なんだかんだ言って憎めないんだよな。まだまだ自分は甘さに笑ってしまうよ。


手を振る二人の神を眺めながら、俺はついに光の粒子となって消えてしまった。

(どんな体に生まれ変わるのかな。認めたくないが、楽しみだ。)


常和藍はついに乙女ゲーの世界に転生したのだった。

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