転生知事に恋愛は難しい〜乙女ゲー世界を俺は民主主義で無双します

或真

プロローグ

第1話

「今日のゲストはなんと、最年少で東京都知事に当選した、常和藍知事です!」


 大きなテレビのスタジオに女子アナウンサーの明るい声が響くと同時に大きな拍手が湧く。


「常和藍です、よろしくお願いします。」


 俺は歓声に応じるように頭を下げる。


「今日来て頂いた常和知事はですね、25歳という若さで、得票率96.7%で都知事に当選した方なんですよね。」アナウンサーの紹介が続く。


「すごいですよね。就任後は失業率が大幅に減少してますし、都民の声をきちんと政治に反映すると評判ですし、何度言っても足りないくらい物凄い方ですね。」大物タレントがアナウンサーの紹介に補足を加えていく。


「いえいえ、僕なんてまだまだですよ。先輩方に色々教えてもらってばっかりですよ。」と、謙遜しておく。


 テレビはいつも無駄に話を誇張する。そういう所がイラつくんだよな。


 俺の名前は常和藍。25歳、独身。ごくごく普通の見た目をしていて、東京都都知事という称号を奪ってしまえば本当に普通の人だ。


 都知事に就任後、初のテレビ出演なのだが、もうもう既に後悔している。


「常和知事には、愛人はいらっしゃるんですか?」


「残念ながらいませんね。将来的に見つかることを願ってます。」


「タイプの女性とかは居るんですか?」


「僕は優しい方が好みですね。寄り添ってくれる女性の方に惹かれると思います。」


 なんだこのデブタレント。こんなクソみたいな問題を聞かれるんだったら出演するんじゃなかった。


 朝の情報番組のくせにバラエティ番組みたいなことやりやがって。情報番組だったら少子化対策とかコロナ対策とかの話を聞けよ。


 落ち着け、常和。都知事である以上、キレたら負けなんだ。寛大な心を以ってこの猿どもに接しよう。


「へぇー、そうなんですね。」

 つまんなそうに答えてくれた。


 そんな馬鹿馬鹿しい茶番が一段階決着すると、女子アナが企画の進行を行う。


「今日はですね、東京駅付近の激安、激うまグルメを調査してみました!続きはCMの後で!」


 女子アナの掛け声と同時にアシスタントディレクターらしき人物が「カット!CM入りますー」と叫ぶ。


 カットという言葉と同時にスタジオに張り詰めていた緊張感が解れる。


しかし生放送だからか、未だにピリピリとした空気感は残っている。特に女子アナはカットにも関わらず台本を必死に復習している。


(偉いなー。)

 と感心していると、スーツを着た偉そうな男、多分ディレクターがこちらに近づいている事に気づく。


 何の用だろうか。


「常和知事、今日はありがとうございました。今日の出番は以上となりますので、また機会があればご出演頂ければ幸いです。」そう言ってディレクターは一礼をして、持ち場へと戻って行った。


 あれ?俺の出番はこれで終わり?

 ふざけるな。こんなクソ番組二度と出ない。


 一刻も早くこのスタジオから出たい俺は小走りで出口へと向かう。

 

 そんな俺のすぐ背後には秘書の高野皐月が続く。


「先輩カッコよかったです!」

 高野が目をキラキラさせて俺を褒める。


 少し照れてしまった俺は、

「だといいけどな。」と素っ気無い返事をした。


 高野皐月。こいつは高校時代からの友人で、正直言ってとても美人。しかも頭脳明晰、品行方正。俺には勿体無いような優秀な人材なのだが、なぜか俺の元で秘書をやってもらってる。彼女の適切なサポートがあってこその都知事当選である。本当に感謝している。


 そう思いに耽っていると、テレビの本社ビルの外に出ていた。


 今日は居心地のいい晴れ。外の空気が美味しい。


「今日はいい天気ですねー!すっごい暑いです。」


 高野がのびのびと話す。


「そうだな。真夏ほどではないけど、8月にしては結構暑いな。」

 首筋をキラキラ煌めく汗が流れる。ベトベトしてちょっと気持ち悪いな。ボケットからハンカチを取り出して汗を拭き取る。


「この後の予定は?」


「一時間自由時間ですね。こんなに早くテレビ出演が終わるとは思わなかったので。」


「だよな。」

 少し苦笑してしまった。


 しかし、一時間の自由時間なんていつぶりなんだろうか。最近は就任直後だったから仕事漬けだったからな。


「よし、久しぶりに奢ってやるよ。」


「え、本当ですか?」


「ああ、俺は嘘をつかない。」


「やったー!」


 子犬のように飛び跳ねて喜ぶ。とても愛らしい姿だ。


「じゃあ、あそこのラーメンでいいか?」

 俺は数百メートル先のラーメン店を指差す。


「いいですよ!奢りなら文句は言いません!」


「はははっ、なら決まりだ。」

 やっぱり高野と話すのは愉快だ。


 俺たちは並んでラーメン店へと徒歩で向かってく。


「あのタレントさん結婚しちゃいましたね。」


「そういえばそうだな。めでたしめでたしだな。」

 そんな他愛の無い会話を交わしていく。この時間が永遠に続けばいいな。


 そう願った途端にそんな幸せな時間は終わりを告げる。

「おい、常和藍!」


 背後から俺の名前が呼ばれる。


 一体誰だと思って後ろを振り向くと、全身黒尽くめの包丁を持った男が立っていた。そのしわくちゃの顔には見覚えがあった。そうだ、こいつも都知事選挙に出てたな。確か名前はー


「菊池春馬!」高野が叫ぶ。


 高野の叫び声に反応して、周りの歩行者の視線がこちらに集まる。


 そして各々菊池の手に握られている刃物に気づいていく。


「あ、あの人包丁を持ってるわ!」一人の中年女性が大声を上げた。

「本当だ!け、警察を!」

「みんな、逃げて!」


 その女性の悲鳴に触発されて、恐怖と混乱が歩行者達に伝染する。


 そして菊池にもその恐怖と狂乱が伝染する。


「やっ、やめろ!警察だけは!」

 警察という言葉に怖気ついたのか、どこか自暴自棄になり始めている。


「110番ですか?刃物を持った男が…」

しかしもう時遅し、歩行者の一人がもう既に通報していた。


「お、おい、警察だけはやめろって言っただろ?」

 菊池は包丁をチラつかせ、通報者を脅す。


 しかし通報者は通話を続ける。

「早く来てください!脅されてます。殺されるかもしれないです!」


「早く電話を切れッ!殺すぞ!」


 菊池が激昂した。包丁を振り回して周りを威嚇している。


「菊池止めるんだ!今ならやり直せる!包丁を捨てるんだ!」


 興奮した菊池を落ち着かせようと説得を試みるが、これが逆効果となる。


「そもそもお前達なんだよ!お前らさえいなければこうはならなかった!」


「選挙は都民の意見を反映したものだ!公平にやった結果じゃないか!」


 刃物を持った相手に向かって反論するのは得策とは言えないが、逆恨みも流石に行き過ぎだ。


「そうよ、菊池さん!一回落ち着きましょうよ!」


 高野が俺を肯定する。ナイスフォローだ。


 いつもの冷静な菊池ならこの説得に応じていただろう。しかし、菊池とっくのとうに冷静に考える力を失っていた。


「黙れェッ!俺の人生を知ったように話すなッ!」


 警察への通報、憎しき相手からの説得。それらの要因が積み重なって、菊池はついに壊れてしまった。


 後先など考えず、包丁を構えて高野目掛けて突進していく。


 明らかに高野を殺す気満々である。


 急過ぎる展開に呆然としていると、包丁の刃がすぐそこに迫っていた。高野と包丁の距離は2メートルを切っている。


(高野ッ!)


 頭で考える前に、俺の体は反射的に菊池を押し倒していた。


 菊池はふらふらと地面に倒れ込む。


「「キャー!」」


 たくさんの歩行者が叫び声を上げる。


「高野、大丈夫か!」


 高野の体には傷一つない。彼女の顔はいつも通り美しい。


(良かった、安全のようだ。)


 しかし高野の顔はなぜか青褪めている。


「先輩、胸ッ…!」


 胸?


 自分の胸を見下ろしてみると、さっきまで菊池の手に握られていた包丁が俺の胸に刺さっていた。赤いシミがスーツ中に広がっていく。


(ああ、さっきの叫び声はこの包丁のせいか。)


 痛い。さっきまで痛くなかったはずなのに急に激痛に襲われる。


 まずい。立ってられない。思わず床に倒れ込む。


 血溜まりが歩道に広がっていく。


「お、おい。し、死ぬなよ!俺はやってないからな!」


 菊池が急にしらばっくれ始めた。殺人が怖いのだろう。


 高野は菊池へと近づき、一発殴った。


「あんたのせいで先輩が死んじゃうんだよ!」


 高野の目が潤んでいる。俺の為に泣いてくれてるのか?


 そうやって叫ぶと、足早に高野がこちらに近づいてくる。


「先輩ッ!救急車呼びますね!」


「やめろ、高野。」


「でも先輩!」


「いいんだ。もう俺は助からない。」


「私のせいで…」


「違う。お前が俺にとって大切だから、俺が助けたんだよ。自業自得さ。」


「嫌っ。死なないで!」


 まずい。意識が遠のいていく。


「すまない。俺先に逝くわ。俺の分まで生きてくれ!」


 最後の体力を振り絞って全力の笑顔を作る。


 ああ。もう無理だ。

 

 意識が暗転する。


 体から力が抜け、目を閉じる。

(童貞で死ぬとはなー)


「先輩ッッ!」

 高野の叫び声が近づいてくるサイレンの音と重なる。

 

 常和藍は地球での人生の終わりを迎えた。

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