二〇二七年 八月二七日 午後十一時一三分

 日本人民共和国 東京府 千代田区 日本人民党本部


 日本人民共和国の権力中枢は今や歓喜の渦に包まれていた。人民党本部最上階の一室、葉巻を吸いながら談笑する党中央政治局の構成員達の肩からは明らかに力が抜けている。たった二週間前、霞ヶ浦への戦略的撤退を決定したときの悲壮感は影も形もない。だが、制服姿の男達が座る席では少し様子が違っていた。彼らは戦略参謀本部の高級将校達、つまり軍の首脳部だ。期待通りの成果が得られたとはいえ、日本人民軍の壊滅という現実を容認することは彼らには困難だった。それ故、その表情はより微妙なものとなっている。


 制服姿でありながら政治局側に座る大嶋の心情は、この両者の中間にあった。


 党員達は能天気に過ぎる。彼らは人民共和国がソ連の軍政下に置かれた事実を十分認識していないのだ。だが軍人達のように悲観する必要もない。我々の祖国はここから立ち上がるのだから。


 やがて三つめの集団が入室し、日本側の向かいの席に着く。ソ連大使と国家保安委員会カー・ゲー・ベーの日本代表部職員、駐日ソ連軍総司令官代理を含む将校達、そして何一つ正式な肩書を持たぬパーヴェル・オルロフスキーだ。彼は常と同じ凍りついたような笑みを浮かべて言った。


「人民党、軍の同志諸君の革命的意志と日本人民の熱烈な献身により、この列島における我々の最終的勝利は確たるものとなった。解放日本に栄えあれ」


 オルロフスキーの真向かいに座る垣原書記長は、溌剌としたロシア語で応じる。


「我々日本人の熱意が身を結んだのも貴国の助力あってこそ。我が国と貴国の永遠の力強い同盟関係に、万邦労働者の祖国ソビエトに栄えあれ、ですな」


 調子の良い言葉に大嶋は鼻白む。いったいこいつはどこの国の人間なのか。そんな感情を漏らさぬよう沈黙を保っていると、オルロフスキーの微笑がこちらに向けられていることに気付いた。


「今から話すのは我々の、日ソの、東側陣営の、そして共産主義の未来についてだ」


 淡々とした語調にもかかわらず、部屋には緊張感が満ちる。それは、日本だけでなくソ連の側においても同様だった。


「同志大嶋中佐に以前より協力してもらっていた一件―――― 反応動力技術の日本人民共和国に対する供与について協議したいと思う」

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