2
二〇二七年 八月二五日 午後七時二一分
日本人民共和国 千葉県 成田市 成田空軍基地
ジェットエンジンの甲高い轟音が荒谷の収音
その様子を今、自分は帝国内務省の開発した義体の統合
黄色い電灯に照らされた格納庫の内部には空挺用大型輸送機Il- 76MDDがずらりと並ぶ。その尾部にぽっかりと空いた口のような後部ハッチにアクーラが次々に吸い込まれていく。多賀城部隊戦闘隊の隊員達だ。総数二六〇機。三個機動歩兵中隊に相当する戦力である。その
軍用義体に個性はない。身長も体格も造作も、全てが機能性の一点に向けて集約され、規格化されている。外部から個人を同定する唯一の根拠は動作に滲み出る癖だが、それもこの数になれば抹消される。戦術
荒谷もまた、その群体の一部となって輸送機に乗り込んだ。
軍用義体としては最小の部類とはいえ、アクーラを着ていると貨物室内部は手狭だ。直立すれば
二四名が二列に分かれて乗り込み終わった後、ハッチが閉鎖された。窓もなく閉ざされ非常ランプだけが照らす空間に静寂が満ちる。居並ぶ義体化兵達は微動だにせず、通信回線も静まり返っていた。
機体が滑走路へ移動を始めた頃、戦闘隊の共有回線を深い男の声が走った。
『多賀城部隊戦闘隊の同志諸君、隊長の古閑少佐だ。出撃の前に諸君らに現在の祖国解放戦争の戦況を伝える。一部に極めて機密度の高い情報も含まれるが、その開示は諸君らの任務の枢要さ、政治的信頼性の高さを踏まえた党からの激励である。一度で頭に叩き込め』
隊員達の戦術
『三日間に渡る攻撃準備射撃の後、我が日本人民軍と駐日ソ連軍は、結集した地上軍戦力でもって十四時間前に総攻撃を開始した。戦線は三つ。富山から福井を目指す北陸正面、高山と飯田から岐阜を目指す中部正面、豊橋から名古屋を目指す東海道正面である』
地図が三河湾と伊勢湾を中心とするものに変わる。日ソ合同臨時前線司令部は地図の右端、浜松に設けられていた。その指揮下に置かれているのは人民陸軍の四個機械化歩兵師団、第3機甲師団、第1、2攻撃
地図の左方、名古屋市の一角が青く強調され、その手前に二本の円弧が描かれる。
『この東海道正面において、敵は米帝占領軍の拠点となっている名古屋を防護するように二重の防衛線を設けていた。神戸政権軍残存部隊を主力とする岡崎平野外縁部の第一防衛線、米帝占領軍を主力とする知多半島手前の第二防衛線だ。これに対し我が方は、人民軍部隊から成る第一梯団が既に岡崎で敵防衛戦に突破口を啓開、後続部隊によるその拡張に成功した』
人民軍を表す矢印が開いた小さな穴。それをこじ開けるように、より大きな矢印が豊橋から防衛網へと伸びつつあった。
『このソ連第31戦車軍を主力とする第二梯団が二時間前に出撃、現在、知立で米帝占領軍と交戦している。その目標は第二防衛線の突破並びに名古屋市街地の占領だ』
二本の矢印を飛び越えるように、東方から伸びた三本目の矢印が名古屋市を直撃した。
『これが我々である。我が部隊は浜松臨時司令部隷下の空挺軍第1空挺師団と共に名古屋市街へ空挺降下―― 第二梯団への前進防御で手薄になった拠点を一挙に叩く』
そして、己の言葉が浸透するのを待つ数秒間を置いてから、古閑はこの十日間何度も繰り返した作戦目標をもう一度口にした。
『我が部隊は最重要目標である名古屋基地を占拠する。これは三日間続いた一連の大攻勢作戦の総仕上げであり、北陸から東海道までの全戦線で抵抗する米帝占領軍の壊滅を期す戦闘であり、今次戦争の趨勢を決定付ける極めて重要な任務である』
その言葉を聞いた荒谷の脳裏にかつての光景と感覚が蘇る。
あの煉獄のような光景こそが、彼が生まれ持った肉体で知覚した最後の世界だ。二〇一一年四月七日の帝国領愛知県名古屋市。彼の人生を不可逆的に変えたあの破壊を、今度は己があの街にもたらす。
今度は全てを取り戻すために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます