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 二〇二七年 八月一四日 午後一時五二分

 日本人民共和国 千葉県 成田市 成田空軍基地


 防空壕としても機能するよう頑丈に設計された成田基地司令本部地下、剥き出しの分厚い混凝土コンクリート壁に囲まれた廊下を早足に歩きつつ、大嶋は頬を皮肉げに歪ませた。


「正義の戦争か」


 先ほどの書記長の演説原稿に、政治局員候補の大嶋は事前に目を通している。軍事的な部分については専門的見地から二、三の意見を述べもした。だが、その荒唐無稽極まる内容には鼻を鳴らすしかない。


 敵国の報復的侵略による開戦、党のメンツを優先した市民の避難の遅れ、戦後の列島統治を見据えたソ連による南北日本両軍の消耗を待ってからの参戦。


 どれもこれも碌でもない。こんな戦争のどこに正義があるというのか。


 だが正義のない戦争を言われるがまま戦い抜けるほど、人間というのは従順に出来ていない。戦争を遂行するには正義が必要だ。たとえ指導層がその正義を信じていなくとも。そして、戦後から振り返ったときに、これが日本人民共和国にとって正義の戦争であったならば、それで良いのだ。


 扉を開けると、作戦会議室に多賀城部隊の主要な人員が勢揃いしている。正式名称、軍事省政治総本部直属第20876臨時偵察隊。大嶋がこの部隊を創設したのも、そのために十年以上奔走して来たのも、全て今日この日のためだった。


 敬礼をする彼らに座るよう促し、大嶋は会議室中央の演壇に立つ。


「さて、同志諸君。先ほど同志書記長の演説でも言っていた通り、現在、人民軍はソ連軍と協同して一大攻勢に打って出ている。我が部隊の創立目的をようやく貴官達に話せるというわけだ」


 大嶋は居並ぶ面々を見渡す。古閑大尉を筆頭に人民軍中から集めた精鋭による空挺機動歩兵部隊三個中隊。外務省や軍情報部、国家公安委員会から集めた諜報員、大学やアカデミヤから選りすぐった、政治的信頼性と能力を兼ね備えた研究者と技術者。大嶋が人民共和国を大国に押し上げるための切り札だ。


「日ソ両軍は今日中に戦線を押し戻し、数日以内に東海道と北陸の二方面から名古屋へと迫るだろう」


 自分が、この国をソ連に頼らぬ真の独立国へと変えるのだ。


「我々の目的は在日米軍名古屋基地の強襲―― そして基地内に設置された反応弾研究施設の制圧である」

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