01.チョコレートなのにラテ

 世は大娯楽戦国時代。

 あらゆるコンテンツが限りある可処分時間を奪うべく、苛烈な競争を広げていた。

 スポーツ、芸能、サブカルチャー、エトセトラ。


 近年、急速に成熟し、花開いたコンテンツの一つに動画配信というものがある。


 かつては映像や音声だけでも巨大な電波塔を要し、それを使用する権利を持つ国体もしくは企業でなければ出来なかったことが「放送」という行為だ。

 それが今やインターネットを通じ、個人が手軽に映像や音声を全世界に発信可能な時代となった。


 知識や情報の共有は人類最大の娯楽と言っても過言ではなく、選ばれし人間しか使えなかったツールが個人の手に降ってきたとなれば、それが流行らないはずもなく。

 ついには「動画配信者」という職業を確立するほどの産業になりつつある。


 動画の配信にもいくつかスタイルがあり、どのスタイルにも良さがある。

 その中でも始める難易度の高い、しかし人気を集めているのが「バーチャル動画配信者」と呼ばれるスタイルである。

 バーチャル空間におけるキャラクター、アバターといった「もう一人の自分」を投影し、その姿で配信を行う。モデルデータの制作や、現実の動きを同期させるなど、突き詰めれば突き詰めるほど資金を要する。


 また技術的にも未熟な部分があり、日進月歩で発達するそれを追うのも大変だ。

 個人で全てを担うのは難易度が高く、そういった諸々の負担を請け負う企業なども現れた。個人所有の難しい機材を揃えたり、マネジメントを行ったりと業務内容は多岐に渡る。

 しかし企業からデビューをするにしても、希望者が後を絶たない状況では倍率がとんでもなく跳ね上がっていて、これもまたくぐりぬけるのは至難であった。


 どの動画配信サービスをメインに用いるかで名称の変わる配信者業。

 現在、最も力のある動画配信サイト『Utube』を活動の舞台とする者をUtuberユーチューバーと呼ぶ。

 つまり、バーチャル動画配信者はバーチャルUtuberで、Vtuberブイチューバー。Uの未来を行く開拓者たちの名称だ。


 ――そして今日もまた、新たなるVtuberが産まれる。





【プリズム8期生 瑪瑙ラテ デビュー配信】



「えーっとえとえと、もう決めるハッシュタグはないですよね? 自己紹介はしたし、リスナーのみんなのお名前も決めたし、ファンアートのタグも決めたし……うんうん、大丈夫です!」


 濃さの違うチョコレート色でグラデーションを作る長髪を揺らして、チョコレート系少女の『瑪瑙ラテ』は大きく頷いた。ブラウンのブレザー姿はまるで学生のような印象を受ける。


「よしよし、それではね。思ってたよりすんなり進んで、時間が余ったので! ここからは質問タイムにしようと思います! ありがたいことに、たくさんの人がコメントくださってるので、拾えた質問に答えられそうなら答えます!」


『どんな配信を予定してるの?』


「色々とやってみたい気持ちはありますけどねー。まずショコラ配信は考えてます。やっぱりね、私もチョコレート系のはしくれなのでね、コンビニスイーツから世界の有名ショコラティエまで、色んなショコラを食べて美味しさを共有できたらなー、と思います! それとね、他のコメントでも触れられてるけど、ゲームとかもやる予定です。みんながやってる物には触れておかないとビッグウェーブに乗り遅れちゃいますからね!」


 両手をうねうねさせて人間ビッグウェーブ。

 そのコミカルな様子に『草』とコメントが集まる。


 ――と、その時、生活音がマイクに載った。甲高い呼び出し音。


「あれー? なんだろ、宅配便かなあ。リスナーの皆さん、いや違った違った、店主マスターの皆さん、申し訳ないけど少しだけ待っててください。なんかマネージャーが何か送ってくれたみたいで「受け取って!」ってメッセージ来てるんですよね。ごめんなさーい!」


 バタバタと慌ただしく席を立つ音がして、それからしばらくドタバタガチャンコとSEだけが鳴り響く。

 三分程度で戻ってきたラテはガサガサとダンボール音を纏っていた。


「お、お待たせしましたー。どうも事務所から私の配信時間に合わせて届くように指定してあったみたいなんですよね。デビュー初日にサプライズ仕掛けてくるとは……さすがプリズムだぜ……」


 ふぅー、とわざとらしい溜め息を溢す。


「それでマネージャーさんから追撃で「開けてもろて」って来てるから、緊急お荷物開封配信です。開けてもろて、っておかしいでしょ、あっははは」


『めちゃくちゃフレンドリーで草』


「いやー、私が緊張とかしないようにわざと言葉崩してくれてるんだと思うんですけど、私的には真面目にキリッと配信してるんですよね。そこで似非関西弁はズルいでしょ! ……さてさて、それでは、いざ開封の儀!」


 たらりら~、と某ゲームのアイテム入手音を口ずさみながら、ラテがダンボールを開封していく。


「結構ね、このダンボール大きいんですよ。両手で抱えるくらい。事務所からこんな大きな物をいただく、って話はなかったはずなんですけど。そしてね、ダンボールinダンボールなんですわ」


『過剰梱包していけ』


「や、過剰梱包というか、小さなダンボールをまとめて送る為に大きなダンボールに入れた系? 五個もお荷物入っておりました。そんでね、箱の表に先輩方のシールが貼ってあってさあ。もしかして、そういうこと?」


『サプライズデビュー祝いだ!』

『ライカ箱だ』


「何で分かるの? ライカ先輩、大先輩の遠久野ライカさんって方がいらっしゃるんですが、確かにシールは貼られてますね。……私、ライカ先輩を観測したくてプリズムに来たので、ちょっとすいません……。シール綺麗に剥がさないと……。えーっと、それからアリア先輩にユーリ先輩、なぎ先輩にさてら先輩……かな?」


『観測者だったのか推します』


 マネージャーからのメッセージによると、事務所にいたライカが唐突に言い始めた企画らしく、一昨日、事務所に集まれたメンバーがそれぞれ喜ぶであろうプレゼントを選定して送ってくれたようだ。

 きちんと「喜んだ度」で順位を付けるように、と指示まであった。


「突発感すごいな!? でも歓迎の気持ちはすごい感じます。先輩方ありがとうございます。……順位を付けて大丈夫なのだろうか」


『距離感が分からない中での突然の踏み絵』


「そうだよね!? 順位を下にした先輩から「ラテぇ……、きさん、ワイの酒が飲めないんか?」とか詰められたらどうしよう!?」


『今の偏見の方が審議でしょw』

『先輩たちヤの者のイメージなんだwww』


「いやいやいやいや違うの! 聞いて聞いて!」


 わたわたと手を振る瑪瑙ラテの姿は可愛らしいが、すでに口から産む災いを愉しみにしているコメントが散見される。


「私は今日デビューで、まだなんていうかこう、実感? が無いんですよね。先輩方のことも、口ではこうやって「先輩っ!」って言えますけど、会ったことも話したこともないし、未だに銀幕スターのままっていうか」


『わかる』

『銀幕って例えが古すぎんか???』

『昭和の方???』


「はァーーーっ!? 令和産まれだが!?」


『赤ちゃんで草』

『そろそろ箱を開けてもろて』


「あっ、ヤバいヤバい。マスターたちに付き合ってあげてたら時間無くなっちゃうところでした。反省してくださいね! とりあえず名前のアイウエオ順で開けていきとうございます」


『オレたちのせいにしないでもろて』

『もろてもろて』


「マネージャーさんの真似しないでもろて。えーっと、まずはアリア先輩のかな。ありがとうございまーす。アリア先輩のやつはね、箱が少し小さめ……というより平べったいですね。中身は……」


 がさごそと紙ズレの音がした後、幾分かトーンダウンしたラテの声が乗る。


「アリア先輩のCDですね……。あの、すいません。私、持ってます。嬉しいけど……」


アリアch『中! 中を見て! サイン入れてるから!』

『勇者もよう見とる』


「えっ、あっ、中? あっ、ほんとだ! これは……いいですね! 喜んだポイントを10進呈します! コメントもありがとうございます!」


アリアch『やったぜ』


「これは後でオークションに流すので要チェックで高値をお願いします。次はさてら先輩ですねー」


『即行で勇者行為されてて草なんだ』

アリアch『ああああああああああああああああ!!!!』

さてらch『自己顕示欲を満たそうとするから……』


「さてら先輩まで来てる! ありがたや~! さてら先輩の箱はね、なかなかのサイズですよ。重量も……結構あるな、なんだろ」


 床にどすんと置いて手早く開封する動きが見える。


「なるほど、本ですね! 『お家で出来るボイストレーニング』『配信者になろう!』……お役立ち系の本が一抱えくらい入ってました。へえ、なるほどなー。これは大分お世話になりそう……喜んだポイント30を進呈します!」


『勇者アリア 完 全 敗 北』

さてらch『さてらも役に立ったと思えた本を揃えました』


「いいですね! 目の前の箱で調べりゃいいじゃん、って思うかもしれないですけど、オフラインで確認出来るのもそれはそれで便利というか、そっちの方が楽だったりする時もあるんですよね。本自体も私は好きなので、後で本棚に並べておきます。ありがとうございますっ」


『点数はそれ何点満点なの?』


「特に考えてないです。アリア先輩の点数を基準にして、相対的に付けてる感じですね」


『勇者アリア、相対的0点だったことが判明』

アリアch『つらい』


「まあね、勇者さまは度を過ぎれば復活するはずなので、軽率にライン越えていきたく思います。あのプレゼントはアリア先輩の『いいよ!』という心の声の顕れなんですよ」


『先輩の扱いが瞬く間に雑になっていく』


「わざわざ出てきてくださって、そういう振りをくれて、接し方を教えてくださる先輩って、とっても優しくて良い人ですよネー。それじゃ次はなぎ先輩の箱ですね」


『理解度が高い』

なぎch『どきどき』

『箱送ったやつ全員おるやんけ!』


「なぎ先輩の箱はー……実用重視! って箱ですね。たぶん、パソコンお掃除セットかな? エアダスターがダースで入ってます。あとマイクロファイバーの画面拭きとか、キーボードを掃除するブラシみたいなやつとか」


『お掃除は大事。古事記にも書いてある』

『さすがにPC燃やした人からもらうと重みが違う』


「えっ、パソコンって燃えるものなの? なぎ先輩はパソコン燃やしたの?」


『燃やしたね』

『溜め込んだ埃に引火した』

なぎch『燃やしてないが!? ちょっと熱暴走しただけだが!? でも掃除はした方がいいが!!!』


「あーっと、ありがたい人生の教訓とヒヤリハット事例はポイント高いですね! パソコンの掃除道具とかよく知らなかったので、そういう意味でも助かりますね。喜んだポイント40を進呈! あとさてら先輩にいただいた本の中に、機材のメンテナンス集みたいのがあってタイムリーなので、さてら先輩に10ポイント加点します!」


『高得点!』

『相対的に価値が落ちていく勇者のCD』

アリアch『つら……うま……』

『ゾンビになっとるw』


 言葉は少ないながらもちょくちょくと人気のある先輩方がコメントを書き込むおかげで、瑪瑙ラテのコメント欄は大層賑やかに文字が躍っている。

 しかしながら残念なことに、もともとデビュー配信の余禄でやっていたので残り時間が少なくなっていた。


「申し訳ないんですけれども時間がね、押しているので、ユーリ先輩とライカ先輩の分は一気に開けて確認したいと思います。二人とも大きさはさほどでもなく……でも梱包がすっごい厳重なんですよ。壊れ物かな?」


 プチプチと梱包材が破裂する音を響かせるラテ。


「おォーっと……これは……っ!」


『今日イチのウキウキ声だ』


「ウッ、ウホンっ! ユーリ先輩はお皿のセットですね。すっごーい、かわいー! 私、ショコラ配信するって言ってたじゃないですか。写真を撮るのにちょうど良さそうな感じのお皿が色違いであって、今から楽しみ……というか、今使いますね! 三十秒待ってて!」


 ラテが画面から消えて、水の流れる音がする。相変わらずミュートは忘れているらしい。


「ただいまっ。簡単にお皿を水洗いしてきました。ここに……ライカ先輩からいただいたお菓子を乗せて参ります!」


『図らずもコンビネーションが』

アリアch『ズルくない?』

ユーリch『頭脳を働かせれば辿り着く結果なのでズルくない』

『意訳:あんたバカ』


「おお~……びゅーてぃふぉー……」


『全く眼中になくて笑う』


 シャッターを切る音が何度か響き、しばらくしてから一枚の写真がテン! と表示される。

 白と青が交差する小皿に、きつね色のサブレとココア色のクッキーが斜めに重ねられている。


「どーですか!? これ! 良くない?!」


 続いてホワイトでまとめられた瀟洒な缶箱の写真が並べられる。


「これ、知ってる方いますかね? 私も憧れの……というか、初任給でお祝いに買っちゃおうかな~、って悩んでたブランドの焼き菓子バラエティ缶です。<ハルノブ・アカギ>っていう。世界的なショコラティエの方がパリに本店を構えているブランドで、お名前の通り日本人なので、日本にも支店を出してくださってるんですよ」


『初任給とは』

『早く収益化してくれれば山のようにチョコ代を……』


「いやー、嬉しいんですけど、糖尿とか健康にダイレクトアタックもらっちゃうので。私の配信見ながら同じショコラ食べるとか、美味しそうだなーって思ったブランドに手を出してもらえれば! そうするとお店は売上が上がってハッピー、マスターのみんなも美味しいもの食べれてハッピー、私もブランドが元気に続いてハッピーで三者両得ですよ!」


『紹介してくれたブランドを支えるのは俺だ』

『商品を買い占めるのは俺だが?』


「買い占めて賞味期限を切らしてももったいないから! ちゃーんと自分で食べきれる範囲で購入計画を立ててくださいね、マスター! 身近な方に日頃の感謝等、プレゼントにしても良いですし。あっ、私に送るのはダメだからね。マスターたちからいただいた物って、最初に事務所を通すことになるんだけど、そこで弾かれちゃうから。感想は届くから、美味しいのがあったら教えてくださいね!」


アリアch『ライカー、ユーリぃ、あたしの分は?』

ライカch『ない』

ユーリch『ありません』

『辛辣で草』


「あっ、ライカ先輩とユーリ先輩! これ、ありがとうございますっ! お皿はこんな感じで使わせていただきますし、このバニラサブレとココアクッキー、一言で表すとうまっ! て感じです! 今後の企画に配慮くださったのか、ショコラじゃなくて焼き菓子ですし……。これはですね、喜んだポイントを二人分で50×50進呈します!」


『皿×お菓子のパワーよ』

『好きな物=2500 実用品=40 カラス避け=10』

『勇者は野鳥と戦うの得意だからな』


「ンッフ」


 突然マイクがミュートになり、ラテは画面の下の方をごそごそ動き始めた。

 それが落ち着いた頃にマイクが復旧し、


「……えー、アリア先輩は50ポイント減点」


 容赦のない採点がなされた。


アリアch『!?!?!?!!!????!?』


「コメントのカラス避けで吹いちゃったので! もー、食べてる最中に笑わせるのはダメですよ!」


『CDなんか贈るから……』

『カラス避けなんか贈るから……』

『フリスビーなんか贈るから……』

『サンシェードなんか贈るから……』


「いえ、それ、サンシェードはなんかオシャレじゃないですか? 後でサイン入りサンシェードとしてオークションに出品しておきますね」


アリアch『あ……あぁ……ぁ……』

さてらch『人語を失ってしまった……』




 配信終了後、瑪瑙ラテはオークションサイトへの出品をSNSで発信した。

 その遷移先では勇者系Vtuber草凪アリアのサンシェードが超美麗画像で提示されており――だが、入っているサインの筆跡はアリアのものではなく、デビューしたばかりのVtuberの名前が記されていた。

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