プリズマイザー・トゥーランドット ~ナンバーワンVtuberの引退ルートを捻じ曲げろ!~

近衛彼方

00.プロローグ

【プリズム6期生 時雨タマ 新衣装お披露目ライブ振り返りコラボ(タマまこ)】




「いやー、でもねー、良かった! すっごい良かったよタマちゃん!」


 ショートカットで小柄な可愛らしい少女が画面の中でギュッと拳を握って力説している。

 スポーティーな服装と相まって運動部系女子、元気印をポンと認める快活な女の子だ。


「にゃはは……さっきからまこまこ、それしか言わないじゃん。ほんとかにゃー?」


 それに応えるのは頭からピンと尖った猫耳を備えた、これまた可愛らしい少女だった。

 自由形Vtuber『時雨タマ』は猫の要素をニャンとした、バーチャルアイドル事務所『プリズム』に所属するバーチャルの住人だ。


 姿を見せてから三年目の記念日ということで、新たな衣装の実装お披露目をした。そして記念配信が終わった後に改めて、同じプリズム所属の『早蕨まこと』と生放送を振り返っているところだ。


 今までのタマは猫イメージということで、室内着に加えてこたつなどの小物ばかりが増えていた。

 そこに来て、時雨タマ初の歌唱ライブを行うサプライズに、アイドルのように愛らしいステージ衣装が実装されたのだ。


 【重大発表】と銘打って集めた面子を前に、突然かかり始める知らないイントロ。スポットライトの下に浮かび上がるいつも通りの部屋着タマ。アップテンポな新曲をノリノリで歌う姿に、だんだんと戸惑っていた観客も乗り始め――二回目のサビの直前、一瞬の暗転で瞬く間に新衣装へと着替えた時雨タマに、ファンは情緒を破壊された。


「いや~~~、だって語彙力が殺されたっていうか、よかったぞタマ……って後ろで腕組んで頷くしかなかった」

「後方彼氏面はやめろーい! いやでもね、まこちゃんも見てくれてたみたいだけど、改めてね、重大発表としかね、告知してなかったのにたくさんの人が時間作ってくれて、ありがたいですにゃ。ありがとうございました~~~!!!」

「こういう喜ばしい発表で胸を撫でおろしてるよ。そういう意味でも良かったなー」

「ん? どゆこと?」

「やー、ほら、ここ最近、タマちゃん元気なかったじゃん。それで突然重大発表とか言うし、プリズムのみんなに訊いても誰も何にも知らないし……悪い想像しちゃったけど、そうじゃなくて良かったって!」

「あー、にゃはは。ごめんにゃごめんにゃ。元気にゃかったのは、単純にレッスンレッスンで疲れてただけにゃよ。プレッシャーもあったし。ライブも終わったから、ゴロゴロして鋭気を溜めるにゃ」

「そだねそだね! 確かに歌も良かったし、ダンスもめっちゃ動いてたもんね。日頃、こたつから動かぬタマちゃんには厳しかったか~?」

「うにゃー。いくら猫とはいえ、さすがのタマも運動不足を実感したにゃ。ちゃんとボクシング続けにゃいとね」

「あれ、筋トレのゲーム買ったって言ってたやつは?」

「辛すぎてタマには無理だったにゃ」

「やれよ!!! 辛いから鍛えらえるんだろうが!」


 わっははは、とお互いに笑いながら会話を進めていくタマとまこと。

 配信中に視聴者からもらったコメントも拾っていく。


『新衣装めっちゃ良かった!!! 桜モチーフ?』


「ありがとー。桜はそうにゃよ。タマの記念日はご存知の通り? 桜舞い散る麗らかな春の日ですからにゃー。あと、大正浪漫を感じてほしいってタマママが言ってた」

「あー、確かに確かに。なんかこう、はかま? っぽさがあるわ、このスカート。上も和風みたいだし。いいなー、僕も和風のやつ着たいなー」

「まこまこも? 結構みんなタマにおめでとメッセージくれるんにゃけど、私も欲しい~、って入れてくるんにゃよ。夏の浴衣とお正月の晴れ着に向けておねだりせんとね」

「そうなあ。ママ~~~!!! 僕にも和服くれえ~~~!!!」

「夏か秋か冬か春の新衣装を乞うご期待!」

「それ実装されなくない!?」


 オチをつけたところで、また別のコメントをいくつか拾っていく。

 滝のように流れるコメントには色が付いている物もあった。視聴者がお金を支払うと目立つようにか、コメントに背景色が付く。この視聴者が支払ったお金の一部は配信側にも振り込まれるので、なるべく積極的に読んでいく。

 書き込まれるコメントの量が多すぎて、見逃すことも多々あるのだが。

 その簡素なお祝いカラーコメントもそうだった。


『ライカもよう見とる』


「えっ、ライライ先輩いるにゃん?」

「あっ、ほんまにおる! 無言で赤カラしとる!」


 コメントの履歴を遡り、高額支払いの証である最上位色、赤でコメントしている視聴者を確認すると、無言で三万円を投げている人を発見。よくよく見れば、見慣れたアイコンがくっついている。

 プリズム所属の大先輩たる『遠久野ライカ』その人である。

 こういったお祝いに関係する配信に人知れず現れては、こっそりと高額お支払いをしてそっと去っていくと有名だ。


「ライライ先輩ライライ先輩、払い過ぎ、払い過ぎにゃよ!」

「そう? 毎回、こんなもんじゃない? ライカ先輩のお祝いって。僕もなんか麻痺しちゃってて、アレだけどさ。三万円が大金なのは分かってるよ? でもライカ先輩がいつも大盤振る舞いしてくれるから、ライカ先輩からだと「これが普通なのかもしれない……」って勘違いしちゃうんだよなー」

「まこまこ、ちがうにゃ……」

「えっ?」

「まこまこが知らない、恐ろしい事実を一つ、教えてあげると……タマはライブの後、事務所に来てたライライ先輩に会ってる……!」

「な、なんだって……!? それは、もしかして……」

「すでにリアルでライライ先輩から結構なお祝いをもらっているにゃあああああっ!!!」


 二人が怖れ慄いていると、ポンと新たに赤いカラーコメントが生まれた。

 そこには再び見慣れたアイコンが……!


「ひええええ!!! ライライ先輩! やりすぎですよお! いや、ありがたいんですけどね! もちろんライライ先輩だけじゃなくてカラコメは全部ありがたいんですけど! いやいや、みんなコメント「草」とか言ってるけど、本当に尋常じゃないくらいお祝いしてもらってるからね、ライライ先輩個人から!」

「語尾取れてるけど」

「着脱可能にゃよ! いやいやいや、まこまこも覚悟しとくにゃ……! いや、ほんとビビるからね!」

「そこまで言われると怖いけど……まあ、そんだけタマちゃんが期待されてるっつーか、応援してくれてるってことじゃん? 他のカラコメもそうだけどさ。心機一転、新衣装でがんばります! で、いいと思うけどダメかな」

「そうするしかないんにゃけど……!! 期待が重いにゃ!!!」

「がんばれがんばれ」

「他人事みたいに言いおって〜!」

「実際に今のところ他人事だからなー。そういえばさ、ライカ先輩に会ったんよね? 僕、今度、プリズムの公式生放送でオフコラボをライカ先輩とやるんだけど、それが初めてなんだよ〜! ライカ先輩って配信まんまの人なの?」

「ライライ先輩か……うーん……」


 まことの質問にタマが腕を組んで悩む仕草を見せる。


「えー、なに? 実はめっちゃ怖いとか?」

「そういうことはないにゃ。ただ、ちょっと説明が難しいというか……」


 コメントでもライカについて色々な話が流れ始める。


『ライカ七変化』

『実は存在しない』

『配信はAIで、オフコラボは影武者がやってる』


「えっ? なになに、どゆことどゆこと???」

「んやー……」


 ひとしきり首を左右に傾げてから、タマが言葉を確かめるようにゆっくりと話す。


「ライライ先輩って結構積極的に後輩にも絡んでくれるにゃん?」

「そーだね。オフコラボは今回が初めてだけど、配信外でも同じゲームやってる時とかよく誘ってくれるんだよ」

「それでまあ、それなりの人数がライライ先輩とオフで会ってるはずなんにゃけど。コラボでね」

「はいはい。オフコラボやってるね」

「ライライ先輩に会ったことのある人とライライ先輩の話をしても、なんだか全然話が噛み合わないわけ。別の人のこと話してる? みたいな」

「んん……? ちょっと理解が及ばなくなってきました」

「タマも分かんにゃい。配信中はちゃーんとライライ先輩なんだけど、配信の外だと受ける印象がそれぞれで全然違う、って感じかなあ。不思議なお方よ……」

「不思議って。実際は不思議ちゃんなの」

「んー、タマが会ったライライ先輩は不思議ちゃんではなかったにゃ」

「そんなライカ先輩が何人もいるみたいな」

「他の人の話を聞いてるとそんな錯覚に陥るんにゃ!!! 絶対まこまこもそうなるから!」

「ええー? まことの姿を見抜く眼の前で果たして本質を隠し通せるかな?」


 まことが決め台詞を言いながら、掌で片目を隠す。コメント欄が盛り上がった。


『ガバガバ真眼』

『まことの姿(願望)』


「信用全くなくて草」

「笑ってんじゃないよ!!!」

「そこまで言うなら答え合わせしようかにゃ?」

「答え合わせ? ライカ先輩の印象について?」

「そそ。まこまこがコラボ終わったらさ、答え合わせ会しようよ。まこまこがまこと(笑)を見通せるかはさておいて、タマもライライ先輩の真実は知りたいにゃ」

「馬鹿にすんなぁ!!! その言葉を後悔させてやるからな! 覚えとけ!」




 ――後日。


【プリズム5期生 早蕨まこと 雑談配信】



「そんじゃあ次の話題なんだけどさ、昨日配信があった公式の番組の話ね」


『めっちゃ緊張してたやつ』


「それはさあ、仕方ないのよ。すっごい噛んでぐだったのは申し訳なかったです。でもさ、何度か配信でも言ったと思うけど、今回はライカ先輩とのオフコラボ配信で、僕、初めてライカ先輩と会ったワケ。配信してる時は僕の知ってるライカ先輩だったの。配信外のライカ先輩さあ、めっちゃヤバい。めっちゃカッコいいの。某歌劇団の人かと思った」


『早口すぎて草』

『タマにゃんとの答え合わせは終わったの?』


「答え合わせはまだやってないよ。というか、ここでやろうよ、って話になってて、これからちょっと通話を繋ぐ予定なんよ」


 待機していたタマにボイスチャットを繋ぐ。

 すぐさま反応をしたタマとまことが挨拶を交わす。


「こんにゃにゃちわー。プリズム6期生のバーチャル自由型担当、時雨タマですにゃ」

「こにゃー。呼んで早速だけどさ、ライカ先輩に会ってきたよ」

「答え合わせのお時間ということにゃんね」

「そっそ。どうしよっか? せーので第一印象話す?」

「んにゃー。タマが知ってるライライ先輩のことを話すから、それに違和感を感じた時点で挙手する形がいいと思う」


 そこで合意をして、タマの抱える遠久野ライカ像を聴取することになった。

 タマのファーストインプレッション。


「ライライ先輩はそうにゃね……開放的な人だったにゃ。開けっ広げで、明るい感じ。会ったのが夏だったからか、服装も布地が全然にゃかったし。ギャルとかじゃなかったけどにゃ」

「はいはい! すでに二回も挙手がいるのですけれども!?」

「もしかしてギャルだった?」

「ギャルではなかったけれど。僕が会ったライカ先輩はスーツ着てたよ。キリッとしてカッコよすぎた。色気があるっていうの?」

「あー……そういうパターンもあるのかー」

「パターンって何!?」


『結局まことの姿見通せてなくてワロタ』


「ワロタ」

「ワロてんじゃないよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る