第106話 くつろいだ後、次の段階に進もうとする二人

 今、乃百合さんと俺は、俺の家の前にいる。


 乃百合さんが俺の家まで来てくれた!


 心が高揚してくる。


 しかし、俺たちの夜はまだ始まったばかり。


 素敵で一生忘れることのできない夜にしたい。


 そう思うと緊張してくる。


 俺は玄関の扉を開け、部屋の電気を点けた。


「どうぞ、お入りください」


「おじゃまします」


 頭を下げて、家に入っていく乃百合さん。


 乃百合さんも緊張しているようだ。


 俺がリードしていかなくては、と思う。


 乃百合さんにはますソファに座ってもらった。


 俺は風呂を沸かしに行った後、乃百合さんの隣りに座る。


 これだけでも胸のドキドキは大きくなっていく。


「まずお風呂に入ってもらうのがいいと思いますが、いかがでしょうか?」


「お先でよろしいのでしょうか? わたしに気を使わなくてもいいと思います。海定くんの方こそ先に入りたいのでは?」


「俺のことは気にしなくていいです」


「よろしいのでしょうか?」


「乃百合さんの疲れを、少しでも先にとってほしいと思っていますので、お風呂に先に入ってほしいと思っています」


 俺がそう言うと、


「海定くんはやさしいです。それではお言葉に甘えて、先に入らせていただきます」


 と乃百合さんは応えた。


 そして、乃百合さんは風呂場に向かった。


 乃百合さんは着替え一式をコンパクトにまとめ、持参していた。


 パジャマも持参してきているという。


 俺との夜に向けて、それだけ準備をしてきたのだと思うと胸が熱くなってくる。


 今から一緒にお風呂に入りたいという気持ちも湧いてくる。


 しかし、それはまだできない。


 乃百合さんも、俺の家に泊まりに来たからといって、そこまでの心の準備はさすがにできていないだろう。


 もう少し段階を踏んでからにすべきだなあ……。


 俺は我慢しながら、乃百合さんが風呂から上がるのを待った。


 その間に二人分の紅茶を用意する。


 俺は紅茶を一口飲み、くつろいで、心を整えようとしていた。


「お風呂、ありがとうございました」


 風呂から上がった乃百合さんは、持ってきていたパジャマに着替えていた。


 地味な色づかいのように思えるが、乃百合さんと組み合わせると、ほのかな色気が出てきていて、それが俺の心を沸き立たせていく。


 そして、風呂上りのいい匂い。


 今すぐ抱きしめたくなったが、まだその段階ではないので自重した。


「それじゃ、俺も入ってきます。紅茶をいれておきましたので、くつろいでください」


「ありがとうございます」


 俺は風呂場に向かう。


 風呂では、乃百合さんの失礼にならないように、体をいつも以上によく洗った。


 心も整ってきたし、これからの準備は整ってきたと思う。


 風呂から上がると、ソファにいる乃百合さんの隣にまた座った。


 自然に手を握り合う。


 それとともに、風呂場では整ってきていた心が、また沸き立ち始める。


 こんな素敵な女性が隣にいて、手を握り合っていたら、心が平静になるわけがない……。


 俺は次の段階に進みたいと思っていた。


 次の段階。


 俺の部屋に一緒に行き、二人だけの世界に入っていくこと。


 恋人としての最高の段階に到達することになる。


 しかし、ここは一階のリビング。


 二階の俺の部屋に行くこと自体、それをするのには勇気が必要だ。


 その勇気はなかなかでてこない。


 乃百合さんが魅力的すぎて、次の段階まで進んでいいのだろうか? 俺よりふさわしい男性がいるのでは? という気持ちが、ここでも急激に湧き出してきている。


 それが、俺が持たなければならない勇気を抑え込むことにつながってしまっている。

 このままではいけない。


 乃百合さん自身は、俺と素敵な一夜を過ごすことを期待して、ここに来ているはずだ。


 でも俺は、その期待に応えることができていない。


 この状況を打破したいと思っていた。

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