第101話 二人のファーストキス

 俺たちは、港を眺めることのできる公園にいる。


 夕暮れ時。


 周囲にはカップルたちがいて、思い思いに自分たちの世界を作り出している。


 昨日までは想像上の世界でしかなかった場所。


 俺たちは今、そこにいて、夕陽を一緒に眺めている。


 乃百合さんは俺の肩にもたれかかっていた。


 うっとりした表情。


 そして、漂ってくるいい匂い。


 俺の心は沸騰してきていた。


 キスしたいなあ……。


 俺は乃百合さんの唇に唇を重ね合わせたくなる。


 それだけ俺は乃百合さんに心を奪われていた。


 しかし、乃百合さんと俺は、恋人になってからまだそんなに時間は経っていない。


 それなのに、キスまで進んでいいのだろうか?


 そういう気持ちが湧き出してくる。


 しかし、俺はすぐに思い直し始めた。


 先程の喫茶店で、お互いの距離はかなり縮まったとは思っている。


 前世のことを思い出すことのできた恋人どうしというのは、多分、多くはないだろう、


 ここまで来ているのだから、キスをしてもいいのでは……。


 そう思った俺は、乃百合さんに、


「俺、今日、乃百合さんとの距離をもう少し縮めたいと思っています」


 と恥ずかしさを抑えながら言った。


「それは。どういう意味でしょう?」


「それは……」


 キスと言う言葉を言いたいのだが、恥ずかしさが増してきて、言うことができない。


 俺の胸のドキドキが大きくなっていく。


「もしかして、キ、キスをしたいということでしょうか?」


 そう言うと、顔を赤らめ、うつむく乃百合さん。


 俺はなんとか、


「はい。そうです」


 と応えた。


「キス、ですね」


 乃百合さんは、そう応えるのがやっとのようだ。


 しばらくの間、俺たちは恥ずかしさでうつむいていたが、そうしている間に時間は経っていって、このままでは夜になってしまう。


 夕陽がまだ出ている間に、キスがしたい。


 やがて、俺は、


「こういう素敵な場所で、愛する人とキスをするのが夢だったんです」


 と言った。


「海定くん……」


 俺は恥ずかしかったが、勇気をふり絞って、


「愛する人である乃百合さんと、キスをして、もっと仲を深めていきたいと思っています。もちろん、乃百合さんの気持ちが一番ですので、もし嫌であればその気持ちに従います。よろしくお願いします」


 と言った。


 俺と恋人どうしの段階に入っていても、キスとなると心の準備が必要になってくる。


 心の準備が整っていなければ、断られることもあると思う。


 もしここで断られたら、従うことにしよう。


 乃百合さんはうつむいたままの状態が続いていたが、やがて、


「海定くん、わたしでよろしければ……」


 と恥ずかしそうに、小さな声で俺に応えてくれた。


 乃百合さん、俺の大好きな乃百合さん。


 その愛しい人のかわいい唇に、今やっと、俺の唇を重ねることができる。


 夢のような話だ。


「乃百合さん、俺はあなたのものです」


「わたしこそ、海定くんのものです」


 俺は乃百合さんを抱きしめた。


 体の柔らかさ。


 そして、流れ込んでくるやさしい気持ち。


 乃百合さんへの愛おしさが増してくる。


 そして、さらなる段階へと進んでいく。


「乃百合さん、いいですよね」


「もちろんです」


 俺に甘えるような表情をしている乃百合さん。


「ありがとうございます」


 俺はそう言った後、


「乃百合さん、好きです。愛しています」


 と言って乃百合さんに唇を近づけていく。


「わたしも海定くんが好きです。愛しています」


 乃百合さんの素敵で甘い声。


 乃百合さんも、うっとりした表情で唇を近づけていく。


 そして、重なり合う唇と唇。


 俺たちのファーストキス。


 夢のような時間。


 前世でも。今世でも今までは、味わうことのできなかった幸せ。


 俺たちは、その幸せを味わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る