第88話 高原に行く乃百合さん
俺は乃百合さんが退院した日、乃百合さんのお父様から二人きりで話をした。
お父様は、
「自分の娘との結婚」
「自分の会社の後継者」
の二点を俺に要望してきた。
いずれも、今の俺にとっては荷が重い。
俺は、お父様に、
「大好きな乃百合さんと結婚したいとわたしも思っています。しかし、わたしは、乃百合さんのことを幸せにする自信がまだ持てないところがあります。申し訳ありませんが、返事については、少し時間をいただけるとありがたいです」
「後継者の話をいただけるのはとても名誉なことです。しかし、わたしはまだ若いです。まだまだ自信が持てないところがあります。このお話の返事についても、少し時間をいただけるとありがたいです」
と申し出た。
お父様は少し残念そうではあったが、すぐに切り替えてくれた。
そして、
「ではまた会おう。乃百合のことを幸せにしてくれるようにお願いしたい」
と言うと、部屋から去っていった。
今日はお父様にすぐに応えることはできなかった。
次に会う時は、決断しなければならばならない。
乃百合さんに振られた頃に比べれば、自分に自信はついてきたと思う。
しかし、決断をここでするほどの自信は。今の俺にはない。
乃百合さんを幸せにする!
この自信が結婚する為には必要になってくる。
より一層の自信をつける為には、自分磨きをこれまで以上に行う必要がある。
そこで得ることのできた自信が、決断を支えることになるのだと思う。
自分に自信がついてくれば、俺の乃百合さんへの想いをもっと熱くしていくことができる。
そして、俺のこの熱い気持ちで、乃百合さんの心も熱くしていくことができると思っている。
このようにしていけば、俺と乃百合さんは、恋人どうしとしての仲が深まっていき、結婚へとつながっていく。
自分に自信がなく、結婚できるほど仲が深まっていかなければ、婿養子の話も後継者の話も成立しなくなってしまうだろう。
婿養子や後継者になるかどうかはまだ決めることは難しい。
しかし、自分に自信を持ち、お父様の願いの一つである乃百合さんとの結婚については応えなくてはならないと思う。
俺の願いでもあるからだ。
まずは自分磨きをこれまで以上に一生懸命行っていこう。
俺はお父様の去って行った方向に向いた。
今はまだお父様の買いかぶりなところもあるかもしれませんが、ご期待に応えられるようにこれからもっと努力していきます。
俺はそう強く思うのだった。
その後、乃百合さんはご両親と一週間ほど高原に行っていた。
毎年八月中旬になると、転地療養の意味もあって、家族で行っているという話。
俺も参加したいと思ったが、俺たちは付き合い始めてからそれほど経っていない。
その状態でお願いをするのは無理というものだと思う。
それに、せっかく体調が良くなっているのだから、家族水いらずで過ごすべきだと思った。
それで、俺は一緒に高原に行きたいという話を、乃百合さんに対してすることはなかった。
しかし、乃百合さんは出かける前、
「今回は、恒例ですので家族で行きますが、いずれ、海定くんも一緒に行けるといいですね」
と言ってくれた。
これは、予想外の反応だった。
そして、
「高原でのわたしの写真、もしよろしければ送ります」
ということも恥ずかしがりながら言ってくれた。
俺がOKしたのは言うまでもない。
それから乃百合さんが高原に行っている間もルインでやり取りをしていたが、乃百合さんの写真も送られてきた。
白いワンピース姿と背景のきれいな景色。
その写真を見て、しばらくの間俺は、うっとりした気分になる。
そして、
「乃百合さんの白いワンピース姿、素敵です。俺、ますます乃百合さんのことが好きになりました」
と書いて送付した。
乃百合さんは、しばらく返信してこなかった。
どうしたのだろう?
と思っていると、
「海定くんに褒められてとてもうれしいです。少し恥ずかしいですけど、ありがとうございます」
と返信してきた。
俺は心が高揚していく。
そうだ。乃百合さんをデートに誘うことにしよう!
今までも誘おうとしたことはあったが、乃百合さんの体調に配慮したこともあって、誘うことはできていなかった。
もし体調が良かったとしても、恥ずかしさがあるので、誘うことは難しかったところがある。
しかし、今なら誘うことができそうだ。
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