第86話 お父様の話

 お父様は話を続ける。


「わたしは、きみの能力をそれだけ高く評価しているということだ。もちろん今すぐに後継者になれとは言わない。そこまで酷なことは言わないつもりだ。選択権はもちろんきみの方にあるからだ」


 お父様は想像以上に俺のことを評価している。


 それはうれしいことなのだけど、荷が重すぎるという気持ちはどうしてもある。


 今すぐ期待に応えるのは難しい。


 俺はお父様に話をし始める。


「お父様、お話はうれしいです。わたしにはもったいない話だと思っています。まず結婚のことについて話をさせてください。わたしは乃百合さんのことが好きです。結婚したいという気持ちもだんだん強くなってきています。ただわたしは。まだまだ乃百合さんにふさわしい人間かどうか、まだ自分でもわからないところがあります。そして、乃百合さんと付き合い始めてからそれほど経っているわけではないので、乃百合さんの方がわたしのことをどこまで好きなのかはわからないところです。大きな病気の後ですから、多分、結婚というところまでは想定できないと思っています。これから交際を進めていき、もっとお互いを理解し合っていき、恋人どうしとして仲を深めていく。そうした結果が結婚につながっていくのだと思います」


 俺はまだ乃百合さんとキスもしていない。


 恋人どうしになった俺たち。


 しかし、今の段階にとどまっていたら、結婚というところまで進むことはできない。


 まずは、キスをすることができるほどの仲にならなければならない。


 今のままでは、結婚は夢のまた夢だ。


 俺はもっと乃百合さんにこの「好き」という想いを伝えていく必要がある。


 お父様は、俺に対し、


「島森くん、きみはもっと自分に自信をもっていい。娘はきみのことが好きだ。今回のことでますますきみのことが好きになっていると思う。ただきみの言うことも理解できる。きみは。『これから交際を進めていき、もっとお互いを理解し合っていく。そうした結果が結婚につながっていくのだと思います』と言ってくれた。これはきみの言う通りだ。わたしはきみと娘が愛を育んでくれて、結婚にまで進んでくれることを心から望んでいる。これは、わたしの後継者とは切り離してくれていい。もしきみがわたしの婿養子で後継者の道を選択しなかっらとしても、別の道できみはきっと娘を幸せにしてくれるだろう」


 と言ってくれた。


「ありがとうございます」


「といっても、わたしの婿養子になって、後継者になってくれるのが、わたしとしては一番うれしいところだ。わたしは、それだけきみのことを買っているのだ。この点については、一番優先で検討してほしい。よろしくお願いしたい」


 お父様は、後継者の道を選択しなくても、乃百合さんとの結婚を認めると言っている。


 お父様の後継者になるのは、大変なことだと理解できるだけに、俺としては後継者の道をす進まない方の道で、乃百合さんを幸せにしていきたいと思うのだけど……。


 しかし、お父様は、俺のことを後継者にふさわしい男として評価してくれている。

 俺はお父様の期待が身に染みていた。


 先程までは荷が重すぎると思っていたが、今はお父様の期待に応えたい気持ちがだんだん湧き上がってきていた。

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