第83話 乃百合さんの体が良くなってほしい

 俺は乃百合さんの手を握りながら、乃百合さんの体が良くなるように、一生懸命祈っていた。


 しかし、乃百合さんの意識は戻らない。


 自分の無力さというものを認識せざるをえない。


 俺のしていることは無駄なことなのだろうか?


 病気を治す力があるわけでもない俺が、病気の人の体を治すことなどできるわけがない。


 そういう思いも心の中に湧いてくる。


 それでも俺は祈り続けた。


 俺は前世と違い、乃百合さんと付き合うことができた。


 付き合うことができたからには、前世の俺ができなかった支えになりたい。


 それが、前世のことを思い出してからの俺の大きな望みの一つだ。


 俺が今祈っていることは、病状の回復にはつながらないかもしれない。


 いや、つながらない可能性の方が強いだろう。


 そう思う度に心が折れそうになる。


 それでも俺は乃百合さんの為に祈りたい。


 こうして乃百合さんの為に祈るということは、少しでも支えになっていると信じたい。


 俺は心が何度か折れそうになりながらも、乃百合さんが健康になるように祈り続けるのだった。




 祈り続けて一時間ほど経った頃。


 次第に疲労の色が濃くなってきた俺。


 それでも気合を入れて祈っていた。


 すると、


「う、うん」


 という声が乃百合さんからしてくる。


 目が覚めたのかもしれない。


 希望を持った俺は、


「乃百合さん!」


 と声をかけた。


「海定くん?」


 そう言うと、乃百合さんは目を覚ました。


 もしかしたら、このまま話すことができないまま、この世を去ってしまうのでは……。


 そういうあきらめの気持ちが俺の心を支配し始めていた。


 しかし、乃百合さんは目を覚ましてくれた。


 俺は一気にうれしさが込み上げてくる。


「目を覚ましてくれてよかったです。うれしいです」


 俺がそう言うと、


「海定くん、わたしのところにきてくれて、わたしの為に祈ってくれたのですね。ありがとうございます」


 と乃百合さんは応えてくれた。


 それと同時に、手を握り合っていることを認識し。お互いに恥ずかしい気持ちになった。


 でも手は握り合ったまま。


 お互いのやさしい気持ちが流れ込んできて、幸せな気持ちになる。


 俺の近くで待機をしていたお父様とお母様と主治医は、乃百合さんが目を覚ましたので、驚いていた


「乃百合、目を覚ましてくれたのだな」


「乃百合ちゃん、目を覚ましてくれたのね。


 お父様とお母様は乃百合さんのベッドの横にきたので、俺は一旦立ち上がり、少し離れることにした。


 乃百合さんの手をまだまだ握っていたかったが、ここは仕方がない。


 お父様とお母様は涙ぐみながら、うれしそうにしている。


 三人は手を握り合い、


「もう目を覚ますことはないと思っていたんだ。こうして話ができてうれしい」


「わたしもあなたとまた話ができてうれしい」


「ありがとう。お父さん、お母さん」


 と涙を流して喜び合っていた。


 その後、主治医が乃百合さんの病状をチェックした。


 そして、


「信じられないことですが、娘さんは生命の危機を脱出しました。まだ安心はできませんが、少なくとも当分はこのような生命の危機になることはないと思っています」


 と俺たちにそう説明した。


 俺たちは全員ホッとする。


 乃百合さんの生命の危機は去った。


 今一番うれしいことだ。


「ありがとうございます」


 俺たちは主治医にそれぞれ感謝をした。


 その後、お父様は、


「わたしはきみに感謝したい」


 と言って頭を下げてきた。


 お母様も、


「ありがとう。娘が目を覚ますことができたのはあなたのおかげです」


 と言って頭を下げてきた。


「いや、わたしはただ乃百合さんのそばにいて、健康になってほしいと祈っていただけです。目を覚ますことができたのは、乃百合さんの力だと思います」


 俺がそう言うと、乃百合さんは、


「海定くんが一生懸命祈ってくれたからこそ、こうして意識が戻ってきたのだと思います。ありがとうございます」


 と言って頭を下げた。


 三人とも俺に感謝の思いを伝えてくれている。


 ありがたいことだ。


 乃百合さんが目を覚ましたのは、乃百合さんの力によるものだと思う。


 しかし、俺の祈りが少しでも乃百合さんの力になったのであれば、それはうれしいことだ。


「わたしは乃百合さんが目を覚ましてくれて、とてもうれしいです。これから乃百合さんが健康になっていくことを心から願っています」


 俺はそう言って、三人に頭を下げた。

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