第81話 乃百合さんの生命の危機

 俺はタクシーを使い、病院に入った。


 乗っている時間は決して長いものではなかったが、急いでいる時は、長いものに感じてしまう気がする。


 病院の中へ入ろうとした。


 すると、入り口の前に美人で気品のある女性がいた。


 その女性は、


「失礼ですが、島森さんでしょうか?」


 と聞いてきた。


 乃百合さんは、お母様が俺を迎えに行くようにお願いをすると言っていた。


 この女性はお母様だろうと思いながら、


「はい。わたしは島森海定と申します」


 と応えた。


 すると、


「初めまして、わたしは夏浜乃百合の母です。娘からあなたのことは、大切なお友達だと聞いています。娘の為に来ていただいてありがとうございます」


 とその女性は頭を下げた。


 お母様に大切な友達と言ってもらえているのはうれしいことだ。


「それで、乃百合さんの容態の方は?」


「あなたと話していた時までは意識があったのですが、今は……」


「意識がなくなってしまっているのですね?」


「そうです。お医者様の話ですと、もう後一日持つかどうか……。せっかくきていただいたというのに、このままだと話ができないかもしれません」


「そこまで悪化しているということですね」


「娘はあなたと話がしたいとわたしたちに切望していました。たとえこのまま意識が戻らないとしても。わたしはあなたと娘を会わせたいと思っています。申し訳ありませんが、その要望をお聞き届けいただけますか?」


「もちろんです。その為に、こちらへ伺わせていただきました」


「ありがとうございます」


 涙をこらえ、気丈に対応している。


 さすがは乃百合さんのお母様だと思う。


「ではこちらです」


 お母様に案内されて、俺は乃百合さんの病室に向かった。




 病室には、ベッドで意識を失っている乃百合さんと付き添いの乃百合さんのお父様、そして主治医がいた。


 お母様と俺が入室したので、全部で五人になる。


 乃百合さんは、俺の想像以上にやつれていた。


 苦しくて、つらかったのだろう。


 俺の目から涙がこぼれてくる。


 入院した時から乃百合さんのそばにいれば、少しは乃百合さんの救けになったかもしれない。


 そういう思いはどうしてもある。


 俺が涙を拭くと、お父様が話しかけてきた。


「島森くんと言ったね。さあ、こちらに、あなたのことは娘から聞いている。大切な友達だそうだね」


 初めてのお父様との対峙。


 最近成長著しい企業の社長ということで、威厳がある。


 どうしても緊張してしまう。


「多くの人から尊敬されている乃百合さんに比べたら、わたしはまだまだ努力が足りない存在ではありますが、そういっていただけると光栄であります」


「きみは、頭がいいというだけではなく、やさしくて、思いやりがある人だと娘が言っていた。そして、自分にはもったいない人です、ということも言っていた。それなのにきみは、自分のことを決して誇らない。たいしたものだ」


「ありがとうございます」


「娘はご覧の通り、もうあと少ししか持たないようだ。できれば、きみが到着するまで意識があってほしかったが……」


 お父様の目から涙が出てくる。


 お父様とお母様は、俺の前に並んだ。


 そして、お父様は、


「わたしたちからきみにお願いをしたい。きみにはせっかく来ていただいた。一時間ほどでいいので、娘の横で付き添っていただけないだろうか? 申し訳ないが、そうしてもらえると娘も喜んでくれると思う」


 と言った。


 俺としても、このまま何もせずに帰りたくはなかった。


 意識がなかったとしても、俺の心から乃百合さんの心に励ましの気持ちをおくれば、乃百合さんの力になるのではないか、という思いが俺にはあった。

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