第80話 乃百合さんからの電話

 俺は乃百合さんのお母様に電話をかけようとした。


 その時……。


 乃百合さんから電話がかかってきた。


 俺はとても驚いた。


 ルインの返事がなく、心配していた乃百合さんから電話がきている。


 電話をしても大丈夫なのだろうか?


 無理をしているのではないだろうか?


 そう思ったが、とにかく電話にでなければならない。


「もしもし、海定くん?」


 電話に出ると乃百合さんの苦しそうな声がする。


「もしもし、乃百合さん? 俺です。海定です」


「よかった……。海定くんと話すことができる」


 乃百合さんは苦しい中でも、ホッとしているようだ。


「具合がかなり悪そうだけど……」


「ごめんなさい。心配をおかけしました。昨日から急激に病状が悪化してしまって……。ルインをしたかったんですけどできませんでした」


「病状が悪化したのですから仕方がないと思います。気にしないでください」


「お気づかいありがとうございます。今は小康状態になっているので、電話をさせていただきました。でももう持たないと思います。持って後一日だと思います」


「そんな、そんなことを言わないでください」


 俺は急激に心が沈んでいく。


 そんな……。


 まだ付き合ってからそれほど経っていないというのに……。


「それで、海定くんにお願いがあります。多分最初で最後のお願いになると思います」


「最後のお願いということは、言わないでほしい。俺はこれから乃百合さんと、いろいろおしゃべりをしたりして、もっと仲良くなっていきたいんです」


「そう言ってもらえるとありがたいです」


 乃百合さんはそう言うと、一旦言葉を切った。


 話すこと自体、病状が悪化しているので苦しそうだ。


 少し休んでから、話を続ける。


「申し訳ありませんが、今からここにきてもらえないでしょうか? わがままを言っているのは自分でもわかっています。でもわたしがこの世を去る前に、もう一度だけ、海定くんと会いたいと思っているのです」


 乃百合さんは苦しそうにしながらも、そう思いを伝えてきた。


 これだけのことを伝えるだけでも、つらいのだと思う。


 でも乃百合さんは一切、苦しいとかつらいということは言わない。


 乃百合さんは今までも芯が強い人だと思っていたし、前世でもそう聞いていた。


 でもここまでとは思わなかった。


 なんてすごい人なんだろう。


 しかもそういう苦しい思いをしているのに、俺に会いたいと言ってくれている……。


 俺の胸に熱いものが込み上げてくる。


 そして、乃百合さんのことがますます好きになる。


 たとえこの申し出が、恋ではなく、友情の延長だとしても、俺はこの思いに応えなければならない。


 好きな人の思いに俺は応えていく!


「乃百合さん、今すぐ俺はあなたのところへ向かいます。待っていてください」


「ありがとうございます。お母様にお願いをして、病院の入り口で海定くんを迎えることにしたいと思います。そして、ここに案内いたします。お待ちしています」


 乃百合さんがそう言った後、電話は切れた。


 声を聞いただけでも、乃百合さんの病状は悪化していることは理解できる。


 今の様子だと、いつ危篤状態になってもおかしくない。


 乃百合さんのところへ行かなくてはならない。


 急がなければならない。


 病院に行って、少しでも乃百合さんの力になりたい!


 俺は身支度を整えると、タクシーを呼び、病院に向かった。

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