第79話 返信がない

 それから数日後の夜。


 俺はベッドの上に座っている。


 乃百合さんが入院してからは、朝、昼、晩にルインで連絡を取り合っていた。


 もちろん、乃百合さんの体の具合を考慮しなければならないので、それぞれあまり長い時間はかけられない。


 それでも、乃百合さんは、俺とルインをするのが楽しいと書いてきてくれている。


 ありがたいことだ。


 俺は夕食をとり終わった後、


「こんばんは」


 と乃百合さんにルインであいさつの言葉を送った。


 この後、通常であれば、


「こんばんは」


 と返信してくる。


 今日の昼までは返信があった。


 しかし、……。


 十分、三十分、そして一時間経っても返信がない。


 容態が急変したのでは?


 俺はいてもたってもいられなくなる。


 乃百合さんの入院している病院は、俺の家からはそこそこ距離があり、歩いていくと一時間ほどはかかる。


 急ぐ場合は、タクシーを使わなければならない。


 俺は、タクシーを呼んで、病院に行きたいという気持ちが湧き上がってくる。


 しかし、一方で、俺は乃百合さんとはまだ付き合ってほどなく、恋人とはいえない立場で、呼ばれてもいないのに病院に行くのは、迷惑になるのでは、という思いも強かった。


 本人に対してもそうだが、乃百合さんの両親に対しても、迷惑をかけることになることはしたくない。


 前世ではこの時期、一週間の入院をした後、退院をしている。


 前世と同じ経過をたどるのであれば、生命の危機がくるまでの容態の悪化はないのではないか、という思いがある。


 しかし、前世通りではなく、今後容態が悪化し、生命の危機がきてしまう、あるいはもう悪化していて、生命の危機がきているのでは、と思いもある。


 そこで、俺は今日の夜は自重し、明日の夜までに、もし乃百合さんからの返事がないようであれば、病院に駆け付けることにした。


 そう心に決めたとはいうものの、乃百合さんのことが心配でしようがない。


 寝ようとしても、容態が悪化して生命の危機になっているのでは、苦しんでいるのでは、ということが心に浮かんできて、なかなか寝ることができなかった。


 次の日の朝、ルインで連絡をする。


 返事がない。


 昼こそは、と思ってルインで連絡をする。


 返事がないまま。


 夜。


 朝からあまり食欲がなく、わずかな量しか食べることができない。


 その晩ご飯を食べてから、ルインで連絡をする。


 返事はない。


 これはもう、容態が悪化してきているということだろう。


 いや、もう生命の危機がやってきているとしか思えなかった。


 もうこれは病院に行くしかない!


 そう思ったが、何の連絡をしないで行くのも心苦しいものがある。


 乃百合さんのお母様に電話をかけて、それから行くことにしようと思った。


 お母様の電話番号は乃百合さんから聞いていた。


 乃百合さんはお母様に、


「わたしの病状が悪化し、わたしがその状況を連絡ができなくなった場合は、海定くんが心配して連絡をしてくると思いますので、状況を伝えてください」


 と頼んでいると聞いている。


 恋人ならばともかく、まだ付き合っているというだけで、まだそこまでは到達していない立場なので、乃百合さんの容態が悪化しても、お母様から俺に連絡してくることは、常識的にありえない話。


 そこで、乃百合さんは、お母様の了解を得て、俺にお母様の電話番号を伝えた。


 乃百合さんは、自分がこういう状況になることを予想していたのだと思う。


 そういう状況になってほしくはなかった。


 容態は悪化せず、回復に向かってほしかった。


 しかし、そういうことは言っていられない。


 乃百合さんの容態が心配で心配でしょうがない。


 俺はお母様に電話をかけることにした。


 とはいうものの、まだ会ったことのない人に電話をするというのは、緊張する。


 乃百合さんの恋人ではない俺が、電話してもいいのだろうか?


 どうしてもそれは思ってしまう。


 また、俺の心の中には、別の思いが勢力を強めつつあった。


 電話をするということは、乃百合さんの容態についての情報が入ることになる。


 容態が悪化して生命の危機がやってきていると聞いた場合、俺は心に大きな打撃を受けることになる。


 俺はその打撃に耐えることができるのだろうか?


 そういう思いが、電話をかけようとする俺の心をかき乱す。


 しかし、俺は思い直した。


 まずは電話をかけなければならない。


 それが出発点になっていくのだ。


 もし電話で、乃百合さんに生命の危機がやってきていることを聞いて、心に打撃を受けたとしても、俺は乃百合さんのところに行かなくてはいけない。


 乃百合さんを励まし、元気づけなくてはいけない。


 そう思って電話をかけようとした時。

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