第78話 乃百合さんの入院
夏休みに入り、七月も終わりに近づいたある日。
夜、乃百合さんから電話がかかってきた。
「わたし、明日から入院することになりました」
驚きの言葉。
「入院されるのですか? 体の調子がここ数日よくないとは聞いていましたけど、大丈夫でしょうか?」
「今日になって、熱が上がってしまいました。体もだるいし、喉も痛いです。でも、心配しなくても大丈夫です。幼い頃からよくあったことなので、慣れています」
「でも俺としては心配です。お見舞いに行こうと思っています」
「うれしいですけど、一週間ほどで退院できると思います。長い入院ではないので、お見舞いにきてもらうのは、かえってご迷惑をかけてしまうと思います。ルインはもちろんできますので、そこでやり取りをしたいと思っています」
「俺としては、お見舞いに行きたいと思っています。でも長い入院ではないということなので、俺の方こそ、かえってご迷惑になってしまうかもしれないと思いました。断念せざるをえないというところですね……」
「ごめんなさい。この一週間ほど静養して、残りの夏休みと二学期に備えたいと思います」
「それがいいと思います。退院を心待ちにします」
「ありがとうございます。それでは、入院中はルインのやり取りをしたいと思いますので、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
電話が終わった後、俺はベッドの上で横になった。
前世でもこの時期、瑳百合さんは入院していた。
前世の俺はそのことを知らなかったので、こうして乃百合さん本人から聞くことができたのは、大きな変化と思うし、大きな進歩のような気がする。
しかし、前世ではこの後九月になって体調が急激に悪化し、入院してからあまり時間が経たない内に、この世を去ることになってしまった。
前世と違って、俺は乃百合さんとの仲は深くなってきていると思う。
その点で、前世と違う展開になるのでは、という期待を持ち始めていた。
つまり、このまま乃百合さんが生き続けて、俺と熱々の恋人どうしになり、結婚にまで到達することができるのでは、という期待を俺は持ち始めていたのだ。
そう思っていたところでのこの入院。
俺は少し落胆してしまった。
しかし、落胆してはいけない。
この入院は避けられなかったとしても、乃百合さんと俺の仲が深まっていけば、前世での九月のような悲しみは避けられる。
そう思わなければいけないと、俺はすぐに思い直すことにした。
ただ仲を深めていくにしても、ルインや電話だけでは限界がある。
デートに誘うのが一番いいのだが……。
入院の話を聞くまで、デートの検討をしていないわけではなかった。
ここしばらくは乃百合さんの体調は安定していたので、そろそろデートに誘ってもいい頃だと思っていた。
夏の暑さは、俺も得意な方ではないが、体の弱い乃百合さんにはより一層こたえると思う。
海水浴に行きたいと思っていたが、さすがにそれは無理なので、断念するしかない。
伸七郎と初林さんは、二人で海水浴に行くと言っていた。
いい思い出が作れそうだ。
うらやましい。
それはともかく、屋外のデートは難しい。
そこで、映画を一緒に観に行きたいと思うようになっていた。
映画なら屋内だし、暑さで体がまいることもないだろう。
夏休みに入ってから、人気が今でも高いテレビアニメの劇場版を上映しているので、
それを一緒に観に行くのが一番良さそうだと思った。
しかし、そう思っていても、いつ誘うべきかというところで悩んでいた。
そうして悩んでいる内に、乃百合さんが入院することになってしまった。
とはいっても、夏休みはまだ残っている。
乃百合さんの体力の回復具合にもよるが、八月下旬のどこかで、デートに誘うのが一番よさそうだと思った。
観に行きたいアニメ映画は、その頃も上映していると思うので、それを一緒に観に行く。
今は入院するということで、つらい気持ちになっているが、八月下旬にデートできることを願って、俺は心を立て直していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます