第76話 すのなさんは間に合わない

 乃百合さんは、俺との結婚について、


「思い描くのはなかなか難しいところがあります」


 と言った。


 俺はそれを聞いて、少し残念に思った。


 しかし、すぐに思い直した。


 乃百合さんがそう言うのは、体の弱さからくる遠慮だろう。


 これから乃百合さんと愛を育んでいけば、お互い、結婚というところへ進んで行くことができると思っている。


 でもすのなさんは、


「思い描いているところは生意気ね。でも海定くんに対して、『わたしのような人でいいのだろうか?』と思うところは好感がもてるわね。海定くんはわたしこそふさわしいのだから。いずれにしても、わたしたちはまだ大人になっていないのだから、結婚のことよりも今楽しめることが大切。海定くんと一緒にいて、海定くんを楽しませるのはわたししかいないの」


 と胸を張って言う。


 楽しめる楽しめるではない。


 これから一緒に助け合っていって、幸せになっていくことが一番大切だ。


 俺はそう言おうとすると、乃百合さんの方が先に話し始めた。


「結婚というところまではまだ思い描けていません。しかし、わたしは、島森くんへの好意は強くなってきています。特に今日、守ってもらったのは、とてもうれしいことでした。わたしにとって島森くんは、大切な存在になってきています」


 と微笑みながら、しかし、しっかりとした言葉で乃百合さんは応えた。


「大切な存在」


 よく言ってくれたと思う。


 俺は力が湧いてきた。


「ありがとうございます。俺にとっても夏浜さんはどんどん大切な存在になってきています。このまま愛を育んでいきましょう」


「島森くん……」


 すのなさんはムッとした表情になる。


「海定くんは、本当に夏浜さんを選ぶつもりなの?」


「そうです。もう俺たちは既に付き合っていますし」


「どうしても、どうしても、夏浜さんを選ぶの?」


「夏浜さんとは気が合うと思いますし、一緒にいると癒されます。そして、俺に力を与えてくれます。そういう夏浜さんに俺は恋をしたのです。大好きなのです。もう他の女性と付き合うことはありえません。それほど夏浜さんを好きになりました」


 話している内に、俺はだんだん恥ずかしくなってきた。


 乃百合さんも恥ずかしそうにしている。


 俺はそれでも言いたかった。


 乃百合さんへの想い。


 それは前世よりも大きくなっている。


 恥ずかしがっていて、想いを伝えるチャンスを生かすことができなかったら、その方が後で恥ずかしい思いをするだろう。


「わたしの方が、よっぽど美しくて、海定くんを楽しい世界に招待することができるのに……」


 すのなさんは肩を落として、うなだれる。


 しばらくの間、そうしていたが、やがて、


「わたしが今キスをしたいと言ってもダメ?」


 と言ってきた。


「付き合ってもいないのに。それは無理です」


「ああ、残念。それにしても、なんでわたしは、海定くんではなく、イケメン先輩を選んでしまったのだろう。あの時、イケメン先輩の誘いを受け入れなければよかったのに……」


 とすのなさんは、少し涙声になりながら言った。


 そして、


「今さら、海定くんを誘っても間に合わないということなのね」


 とつぶやいた後、


「わたしはもう行くわ。残念だけど、海定くんはわたしのものじゃないのよね……」


 と言って、弱々しく校舎の方に歩いて行った。

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