第60話 放課後まで

 乃百合さんは、親しくない俺に、


「今日の放課後。話したいことがあるんです。校舎の外れのベンチまできていただけませんでしょうか?」


 と言われて、戸惑ってしまったと言った。


 無理もないと思う。


 この時、俺は、乃百合さんにそのお願いを断られることも覚悟していた。


 しかし……。


 乃百合さんは、


「戸惑ってしまってごめんなさい。島森くんは、わたしに大切な話をしたいのですよね?」


 と言って、戸惑ったことを謝ってくれた。


 これは予想外のことだった。


「いや、あやまらなければならないのは俺の方です。夏浜さんに大切な話をしたくて。親しくもないのにお願いをしてしまいました。申し訳なく思います」


「大切な話となれば、聞かなければならないと思います。本当は今すぐ聞きたいところですが、無理なんですよね」


「少し時間がかかるのと、周囲に人がいると話がしにくいので……」


 乃百合さんはこれで話を受けてくれるだろうか?


 断られても仕方がないと思うけど……。


 しばしの沈黙の後、


「わかりました。放課後まで待ちます。放課後になったら、言われた通り。校舎の外れのベンチに行きます。そこで、島森くんの話を聞きたいと思います」


 と乃百合さんは言ってくれた。


 俺はうれしくなった。


 乃百合さんが誘いを受けてくれた。


 告白ではまだないが、大きな前進だと言っていい。


「俺の無理な願いを受けてくれて、ありがとうございます」


 この調子で、告白も成功させたいと思う。


「それではまた放課後」


 乃百合さんはまだちょっと戸惑っているようではあった。


 しかし、再び微笑むと、教室に入っていった。




 それから放課後までは長かった。


 乃百合さんにどのような形で告白していくか。


 どういう言葉で俺の想いを伝えていくべきか。


 そのことが頭の中をずっと占め続けていた。


 伸七郎との昼食の時も、いつもと違い、おしゃべりをする気力があまりなかった。


 伸七郎からは、


「お前、気分が悪いのか? 保健室に行った方がいいぜ」


 と心配されたぐらいだ。


 実際、心が沸き立ってきていて、気分は決していいものではなかった。


 このままだ心が沸き立ち続ければ、放課後を迎える前に倒れかねないところまできていた。


 それをなんとか気力を振り絞って耐え抜いていく。


 放課後を迎えた時には、心がもうクタクタになっていた。


 これからが本番だ。


 乃百合さんは、俺の方を一瞬だけ向き、頭を下げた。


 そして、友達にあいさつをした後、教室を出て行った。


 俺との約束を守ってくれる!


 うれしさがこみあげてくる。


 しかし、」それは一瞬のこと。


 俺も行かなければならない。


 俺はもう一度気力を振り絞って、乃百合さんとの待ち合わせ場所に行く。




「待ちました?」


 俺が校舎の外れの待ち合わせ場所に行くと、既に乃百合さんがいて待ってくれていた。


「ううん、ほとんど待ってないです」


 乃百合さんは微笑む。


「ごめんさい。こういう時は、俺の方が先に来ていないといけないのだけど」


「放課後になってから、すぐに教室を出てきたのはわたしの方なんですから、気にすることはないと思います」


「そう言ってもらえるとありがたいです」


「それで、話というのはいったいなんでしょうか?」


 乃百合さんは緊張しているようだ。


 俺も胸のドキドキが大きくなってくる。

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