第25話 乃百合さん

 俺は前世の瑳百合さんと思われる美少女に、名前を聞いた。


 いきなり聞いて、困惑されるかもしれないと思った。


 嫌われるかもしれないとも思った。


 しかし……。


 彼女は、微笑みながら、


「わたしは夏浜乃百合(なつはまのゆり)と言います。これからよろしくお願いします」


 と言ってくれた。


 名前を教えてくれた!


 俺は。先程よりも増して、うれしくなった。


 乃百合さん。


 前世の瑳百合さんは、今世では夏浜乃百合さんとして生まれていた。


 しかも、


「これからよろしくお願いします」


 と言ってくれている。


 これもうれしさを増す言葉だ。


 俺の方も返事をしなければならない。


「夏浜さん、こちらこそよろしくお願いします」


 俺はそう言いながら、頭を下げた。


 これで、俺は名前を彼女から直接聞くことができた。


 乃百合さんの方も決して俺のことを嫌ってはいないようだ。


 六月になるまで、あいさつもできなかった前世に比べると大きな進歩だと思う。


 しかし、俺にはまだしなければならないことがあった。


 それは、ルインのアドレスを交換するということ。


 ここまでできれば、毎日、乃百合さんとやり取りができるようになる。


 電話番号も聞きたいと思ってはいるが、電話でのやり取りはさらにハードルが高い。


 ルインである程度やり取りをしてからの方がいいだろう。


 ルインでも、最初はあいさつぐらいしかできないと思うが、少しずつやり取りをしていけば、だんだん仲が良くなってくるはずだ。


 こうして仲が良くなってくれば、


「夏浜さんのことが好きです。恋人として付き合ってください」


 と言えるようになると思う。


 乃百合さんもそこまでくれば、


「わたしも海定くんのことが好きです。これからは、海定くんの恋人として、よろしくお願いします」


 と言って、俺の想いを受け取ってくれるはずだ。


 そうすれば、俺たちは恋人どうしになり、電話でもルインでも、


「乃百合さんのことが好きです」


「海定くんのことが好きです」


 というやり取りができるようになる。


 しかし……。


 今世では初対面なのに、ルインの交換まで進んでいいのだろうか?


 名前までは許容範囲だったと思うが、ルインとなると、一気にハードルが高くなる。


 今度こそ嫌われてしまうかもしれない。


 あいさつができたし、名前を聞くこともできた。


 今はそれで十分ではないだろうか?


 それに、ルインの交換をしたいと思った瞬間から、今まで以上に胸のドキドキが大きくなっている。


 恥ずかしいと思う気持ちも大きくなってくる。


 このままではいずれにしても、


「ルインの交換をお願いします」


 ということは言えそうもない。


 この胸のドキドキと恥ずかしさを抑える為には、さらなる気力が必要だ。


 既にここまでで、かなりの気力を使っている。


 聞こうにも、気力がなかなか湧いてこない。


 しかし、だからと言って、ここでルインの交換ができなければ、今度はいつ交換ができるチャンスがくるのだろう?


 もちろんチャンスはあると思う。


 しかし、そのチャンスを生かすことができたとしても、乃百合さんと仲良くなる時期は残念ながら遅くなってしまう。


 それは避けたい。


 そう思った俺は、なんとか気力を沸き立たせる。


 そして、乃百合さんに、ルインの交換をお願いしようとした。

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