第16話 前世の俺・短い生涯
瑳百合さんが入院してから一週間後の朝。
俺が教室に入ると……。
瑳百合さんの親友をはじめとして、みな沈痛な表情をしている。
泣き出している人もいる。
どうしたのだろう、と思っていると、瑳百合さんの親友が俺のところにやってきて、
「瑳百合さんが昨晩、この世を去ってしまったの……。わたしの親友だったのに……」
と言った。
一生懸命泣くのをこらえているようだ。
瑳百合さんの両親から連絡を受けて、病院にかけつけた時には、もうこの世を去る寸前のところだったという。
瑳百合さんがこの世を去った……。
俺は最初、彼女が何を言っているのかわからなかった。
いや、理解しようとしなかった。
瑳百合さんがもうこの世にいないということが信じられなかったからだ。
しかし、
「瑳百合さん、もっとあなたと一緒に楽しい時を過ごしたかったのに……。なんで、わたしを残して、あの世に行ってしまうの……」
と瑳百合さんの親友が言って、我慢し切れなくなって泣き出した姿を見ると、受け入れざるをえなくなってくる。
俺は全身から気力が失われていくような気がした。
もう俺の心の支えはなくなってしまったのだ……。
しばらくの間、俺は呆然としているしかなかった。
その日の放課後。
俺は瑳百合さんの親友と教室に二人でいた。
彼女に二人で話をしたいとお願いをされたからだ。
依然として女性と話すのは苦手だが、
「瑳百合さんのことを話したいのです」
と言われたので、断ることはありえないことだった。
もう他に誰もいない。
女性と二人で話すというだけで、緊張してくる。
「ごめんなさい。こんなに遅い時間になってしまって」
「いや、それはかまわないです」
「わたし、あなたに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「瑳百合さんから、喜康くんに伝えてほしいと、この世を去る前にお願いされたんです」
「俺に?」
「そうです」
「なんと言っていたんでしょうか?」
彼女は気持ちを整えると、
「わたしは喜康くんとおしゃべりがしたかった、そう言っていました」
と言った。
「俺とおしゃべりを……」
「多分ですけど、瑳百合さんは倉森くんに好意を持っていたのかもしれません」
俺に対する好意。
それは、思いもしなかった言葉だった。
「それが、恋なのかどうかはわかりません。でも他の男の人にはそういう言葉はありませんでした。それで好意を持っている可能性があると思いました」
恋であれば一番よかったのだが、好意をもってくれただけでも十分うれしいことだった。
でももうその人はこの世にはいない。
「ごめんなさい。これだけはどうしても伝えたくて……」
そういうと彼女は泣き出した。
「ありがとうございます。俺に伝えてくれて」
俺もそう言った後、泣き出した。
九月下旬の夕方。
雨が降りそうだった。
俺は瑳百合さんに何もできなかった。
せめて、病気の瑳百合さんを励まし、元気づけてあげたかった
そして、
「瑳百合さんのことが好き」
という想いを伝えることもできなかった。
瑳百合さんは、俺ともっとおしゃべりをしたかったと言っていたという。
俺が勇気を絞っていれば、もしかしたら相思相愛になれたのでは……。
そう思うと、心がどんどん沈んでいく一方だった。
もう生きる気力が全くなくなってきた俺は、食欲もなくなっていく。
そして、体はどんどん弱っていった。
やがて、高校二年生の十一月中旬に病気になり、十一月下旬に入院。
友達のいない俺の見舞いに来る人は、誰もいなかった。
一人ぼっちになれていたとはいうものの、誰もこないというのは、つらい。
冷たい状態の続いていた両親が、少し仲を修復する動きを見せ始めていたことだけが救いだった。
俺は病床でも、瑳百合さんの力になれなかったことを思い続け、ずっと苦しんでいた。
病気の苦しみと合わせて、それはとてもつらいものだった。
来世というものがあり、瑳百合さんとまた出会うことができるのであれば、今度は、瑳百合さんの力になりたいと思った。
そして、できれば恋人どうしになりたいと思っていた。
それが、俺の持っていた希望だった。
病状はますます悪化していく。
そして、瑳百合さんがこの世を去って約三か月後。
高校二年生の十二月下旬。
俺は短い生涯を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます