第71話 姉の報復

《side瀬羽菫》


 私はヨウイチさんの胸で涙を流すユミを見て、スマホを取り出した。

 

 電話の相手は母だ。


「母さん、今いいかしら?」

「どうしたの? 今はユミとヨウイチ君と旅行じゃなかった?」

「実はね。ユミと同じ高校の三島龍二という子に」


 私は今回発生した事件を母に告げた。

 

 これは前回の自分に起きたストーカー行為から色々なことを反省したからだ。

 それはヨウイチさんに怪我をさせたことや、自分の危機感のなさにもだ。


 自分は昔から注目を集めるタイプだった。

 それはユミも同じで、警戒をしていたつもりだったが、私たちは甘かった。

 男性が無理矢理に暴力的な行動に出た時に対処がどうしても遅くなってしまう。


 今回もヨウイチさんがいたから守ってもらえた。

 ユミが知り合いだから退けてくれた。


 だけど、私たちは自分たちを守る力を持たないことを恥じなければならない。


「そう、その子については任せて頂戴。ユミに報復なんてさせないほどの後悔をさせてあげるわ」


 スマホ越しにでも母さんが怒っているのがわかる。

 母さんも昔から注目を集めるタイプだったから、私たちの気持ちを理解してくれる。


 私は油断していた。


「それと女性のSPをお願いしていたでしょ? あの話なんだけど」

「その気になったのね。わかったわ。なるべくあなたたちに近い人にするから」

「うん。お願い」


 少し前から考えていた。

 いつまでもヨウイチさんだけに頼っていてはいけない。

 ヨウイチさんの左手は私のせいで使えなくなってしまっている。


 それでもヨウイチさんは私たちを守るために、危険に身を投じてしまう。

 だから、私たちがお世話をして守らなくちゃいけないんだ。


「スミレ? 電話は終わったのかい?」

「はい。少し母から電話がかかっていたので」

「そうか。スミレは大丈夫かい? 掴まれた腕とか痛くないかい? 怖かっただろ?」


 ハァハァハァハァハァハァハァ。


 やっぱりいい。


 先ほどの男に触られたところは今すぐ消毒したい。

 だけど、赤くなった腕をみて、ヨウイチさんが心配してくれる。


 ストーカーに襲われた私を知っているヨウイチさんは心から心配した顔を私に向けてくれる。それが嬉しい。


「ええ、大丈夫です。ヨウイチさんが守ってくれたので。ユミもありがとう。あなたが追い払ってくれて安心したわ」

「ごめんなさい。姉さん。私もだけど、姉さんも男の人は苦手なのに私の同級生が」

「いいのよ。ユミが悪いわけじゃないわ」


 私はユミを抱きしめてあげる。


 ユミの方が傷ついたのに、この子は私を気遣ってくれる優しい子。

 だからこそヨウイチさんに愛されることを許してあげられる。


「観光という気分ではなくなったな。どこかのカフェでゆっくりしようか?」

「ごめんなさい」

「スミレが悪いわけじゃないだろ。謝るなよ。さぁ行こう」


 ヨウイチさんが腕を差し出してくれる。

 この人はいつもそうだ。

 自分だって、本当は苦手で足が震えているのに心は勇敢な人なのだ。


「はい」

「私も」


 私たちはヨウイチさんの腕に抱きついて歩く。

 両側から腕を組まれるのは歩きにくいと思う。

 だけど、嫌な顔一つしないで私たちをエスコートして、海が見えるカフェへ連れて行ってくれた。


 いつの間に調べたんだろう? 私が計画して旅行をしているのに、ヨウイチさんは不意に私を驚かせることをしてくる。

 メイドの服の時も、公園の時も私はヨウイチさんにしてもらうことで嬉しくなってしまう。


「ヨウニイ、よくこんなオシャレなカフェを知ってたね」

「ふふん、実は江ノ島に来るってわかってたから行きたいところをスマホで調べてたんだ。この辺だったら、ここかなって」

「え〜、凄い楽しみにしてたんだね」

「それはそうだろう? 二人と来れる旅行ってだけで俺は嬉しいからな」


 ハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ。


 ダメよ。我慢しなくちゃ。


 最近はヨウイチさんも私を求めてくれる。


 だから、獣のように私がヨウイチさんの全てを欲しいと思っていてもいつかわかってもらえる。

 

 ヨウイチさんの手で乱暴に私の全てを奪って欲しい。

 強引に組み伏して私を奪って……。


 あなたの全てを受け入れる。

 あなたの全てが欲しい。

 あなたの全ては……。


 私たちの……。


「スミレ?」

「はっ、ごめんなさい。考え事をしていて」

「いいさ。まだ怖いよな。ゆっくりとお茶でも飲んで気持ちを落ち着けよう」

「うん。姉さん。ここのパンケーキふわふわで美味しいよ!」


 ユミは甘い物を幸せそうな顔を見せる。

 ふふ、食べる物がある時のユミはリスのようで可愛い。


「そんなに慌てて食べたらダメよ。私のワッフルも食べる?」

「食べる!!!」

「俺のパフェも少し食べるか? 抹茶だけど」

「いいの?」

「あ〜ん」

「はむ」


 ヨウイチさんがあ〜んと差し出してユミが食べる。

 ふふ、二人が大好き。

 大好きな二人が幸せそうで私も幸せ。


 この関係を絶対に私は守ってみせる。


 邪魔する者は……。


 排除しないとね。

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