第67話 三人で温泉に行こう

 俺は狐狸相先生から届いたDMに驚いて、カスイさんと連絡を取り合った。


 その結果、今回の狐狸相先生との仕事は1巻だけで撤退することが決まった。


「無職になってしまった」


 そう、俺は唯一受けていた仕事を失ってしまった。

 シリーズ化していくと、それなりにまとまった収入になったはずなのに、一回きりで残念だ。

 

 狐狸相先生に答えるために色々頑張っていたのに、また無職に戻ってしまった。


「ヨウイチさん」

「うん?」

「お仕事、お疲れ様です」


 スミレには全てを話すことも考えたが、カスイさんから個人情報にも関わることなので、なるべく口外をしないようにお願いしますと言われたので、話すことをやめた。


 一度きりの仕事だったと説明をした。


「ありがとう。スミレ」


 いつでも気遣ってくれるスミレは優しい。

 あの日から、スミレとユミのことは名前を呼び捨てにすることにした。


「それとですね」

「うん?」

「もしよかったら、ユミと三人でシルバーウィークに旅行に行きませんか?」

「シルバーウィーク?」

「はい。ほとんど平日ですけど、23日〜26日まで私たちも学校を休むので、どこかに行きませんか?」

 

 確かに今回のことは色々と考えさせられる出来事ばかりだった。

 それに伊地知先生のところを出てから、部屋に篭って仕事ばかりしていた。

 たまにスミレに連れ出してもらうだけで、遠出をしていない。どこかに気分転換に行くのはいいかもな。


「うん。いいね」

「ふふ、よかった。ユミにも連絡しておきますね」

「あっ費用は俺が、今回の仕事のお金が入るので」

「ダメです」

「えっ?」

「言ったじゃないですか、私がヨウイチさんの初仕事をお祝いしたいんです。ですから、私が出したいんです」


 相変わらず、スミレに養われているような状態が続いている。俺のヒモ生活は続いている。

 家賃や光熱費なども出させて欲しいと言っているが、未だに俺の貯金はほとんど減っていない。


「それじゃ温泉に行きましょう」

「温泉? いいね」

 

 確かに休みの日に英気を養うと言えば温泉は最高だ。


 スミレの行動は早かった。

 ユミに連絡して、シルバーウィークの予定をおさえた。

 すでに卒業が決まっていて、美容系の専門学校に行くことも決まっているので、シルバーウィークを休んでも問題ないそうだ。


 ユミにとって、三年生の最後を労うためだと思えばちょうどよかったのかな?

 俺たちは温泉旅館に向かった。

 三人で初めて旅行に向かうので、二人ともが喜んでくれている。


「いらっしゃいませ瀬羽様、お荷物をお持ちします」

「ありがとうございます」


 旅館や交通手段の予約等は全てスミレがしてくれた。

 俺は黙って今日を迎えたわけだ。

 こんな良い場所を取ってくれたスミレには感謝しないとな。


「凄い綺麗なところね」

「そうだね。ふふ、自然の空気が美味しい!」


 スミレはいつもの落ち着いた雰囲気から少し楽しそうだ。ユミは子供のようにはしゃいでいる。

  

 二人の喜んでいる姿は注目を集めて、通り過ぎる男たちが視線を向ける。

 やっぱり目立つんだろうな。


「二人とも美人だから注目を集めるな」

「他の人なんてどうでもいいです。ヨウイチさんが褒めてくれるから嬉しいです」

「私もヨウニイ以外に言われてもどうでもいいかな」


 二人は俺の隣に並び、それぞれ腕を抱くようにして身を寄せた。

 旅館の人が振り返って驚いた顔をしていた。


 通り過ぎる男たちからは、とてつもない嫉妬の視線を浴びることになった。

 まあおっさんが、若い子に抱きつかれているので十分に羨ましいだろう。

 もう何だかんだ言いながら、三ヶ月以上も俺は彼女たちと過ごしている。


「うん。俺は堂々とするぞ」

「はい。そうしてください」

「ヨウニイは酔うと堂々としているのにね」


 二人が更に強く抱き着いてきた。

 他の客だけでなく、俺たちを案内してくれることになった仲居さんは笑っていた。


「こちらです。それでは何かありましたらお呼びください」

「分かりました」


 案内された部屋は三人で使うには広い部屋だった。

 旅館ということもあって、和をイメージした内装と、畳の香りがとても気分を落ち着く。


 二泊三日の予定だが、明日は周辺を見回ることを予定している。今日は温泉を楽しむ。


「あ、見て姉さん。ここからの景色最高だよ」

「本当ね」

「スミレがとってくれた部屋がよかったな」


 二人と一緒に景色を眺めながら寄り添う。


 気兼ねなく甘えてくれて、甘えさせてくれる二人といる時間は全てが俺へのご褒美だ。

 スミレは何をしても受け入れてくれて、どんな要望も笑顔で頷いてくれる。

 正に包容力の塊であるスミレに、甘えるのはご褒美以外の何物でもない。


 ユミは逆に強引なところはあるけど甘えてきてくれて、そうかと思えば俺を優しく包み込む包容力も持ち合わせているから油断できない。


 二人ともとても魅力的な女性なのだ。


「部屋について早々にヨウニイはエッチだね」

「そうですね」


 二人に指摘されて、俺が二人の腰に腕を回していることに気づいた。


「ヨウニイがしたいならいいけど、先に温泉に入りたいな」

「私も温泉を堪能したあとなら」


 積極的なユミと、控え目なスミレがたまらなく可愛い。


 部屋から出てトイレまでの廊下を歩くのだが、本当に人の数が多い。

 平日でもシルバーウィークを利用する人は多いんだな。


「……おっと」

「あ?」


 曲がり角で人で、高校生ぐらいの男子とぶつかってしまう。金髪にピアスで目付きも悪い。


「ボーっとしてんなよ。おっさん」


 若者に怒鳴られてしまった。

 怒鳴られると、ビビってしまうな。

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