第63話 何故かスミレさんは俺に酒を勧めたがる

 朝食にハズキさんがやってきたのは驚いたが、久しぶりに仕事のない休日を過ごすことができる。


 朝から病院に行って本屋さんに寄っていく。


 伊地知先生の新作が販売していた。


 どうやら、俺がいなくなっても別のアシスタントが入ったようだ。

 伊地知先生が大分手入れをしているように感じる絵の仕上がりになっていた。


「俺がいなくなっても仕事は回っていくんだな」


 あの地獄の職場から逃れられたことを、今は神様ではなくスミレさんに感謝したい。


 左腕の感覚は一生戻らないそうだ。

 リハビリをしながら少しでも戻ってくれたらいいということなので、指の筋トレは始めている。


 スミレさんに連れ出してもらう以外では久しぶりに一人で外に出た。


 世界から隔離されたような不思議な感覚を覚える。


 SNSもしていない俺としては、流行りもわからない。


「なんだろう。たくさん人がいるのに、孤独を感じるって不思議な感覚だな」


 スミレさんがいないと思うだけで、ここまで自分の心が弱くなっているとは思わなかった。 


「ただいま戻りました、スミレさん」

「お帰りなさい。ヨウイチさん」


 台所に立っていたスミレさんの顔を見るとホッとする。


 多分、伊地知先生の漫画を見たことで、あそこにしか自分の居場所がなかったことを思い出したからだ。


 今の俺には、スミレさんしかいない。


 他に何をすればいいのかわからない。


 ぐぅと、気持ちが不安になっていても腹は鳴るものだ。


「ふふっ、お腹が空いたんですね。すぐにご飯にしますね。今日は母がすみませんでした。まさか母が来るとは思っていなかったので」

「いや、むしろ俺の方こそ、気を遣わせてしまってすみません。それにちょっと失礼なことを言ってしまったかもしれません」

「失礼なこと?」

「はは、母さんって呼んでしまって、夢を見ていたんです。両親の夢で、スミレさん以外の背中だったから寝ぼけてしまって」

 

 恥ずかしくて照れ笑いを浮かべてしまう。

 

「そうだったんですね。う〜ん、なら今日は私がお母さんの代わりをします!」

「えっ……と」


 眼をきょろきょろとさまよわせ、困ってしまう。


 スミレさんは俺の前に立ってギュッと抱きしめてくれる。そして、俺の頭を撫でた。


「仕事をして偉いね……ヨウちゃんは……凄いよ」


 スミレさんも少し恥ずかしそうに言葉を選びながら、俺を褒めてくれる。

 ふと、始めて絵を描いて褒められた頃の母さんを思い出した。


「~~……っ!!」


 自分の顔が耳まで熱くなっていくのを感じる。


 スミレさんも俺の反応にどうしたものか考えてもう一度ギュッと抱きしめてくれた。


「結構恥ずかしいですね」

「はい。かなり、でも胸の辺りは暖かくなりました」

「では、今度はヨウイチさんの番です」

「えっ?」


 両腕を広げて、待ち構えるスミレさん。


「いっぱい甘えてください


 腕を広げたスミレさんの胸には自己主張激しい柔らかなものが……。


 ゴクリと喉がなる。


 スミレさんが良いっていうならいいよな? 二人きりだし問題ないはず。

 ……いや、何をためらう必要がある! スミレさんと俺は恋人同士なんだ。

 彼女が求めているなら答えてあげるのが彼氏というものだ!


「ヨウニイ。そろそろ私も話しかけていいかな?」

「!?……」

「ヨウニイの事情は聞いているから、母さんに甘えたい気持ちはわかるけど、二人のイチャイチャを見せつけられている私のことも考えてほしいな」

「ユミさん……!?」


 突然、声をかけられてギュッと抱きしめられる。

 ハリのある柔らかさと女性特有の甘い香りが俺を包み込む。

 スミレさんやハズキさんよりは小さくても柔らかくて心を包み込んでくれる。


「どうかな? ヨウニイ」

「……うん」

「あぁっ! ユミ、ズルい! 私がヨウイチさんに甘えてもらう番なのに!」


 スミレさんが珍しく子供っぽい言い方で拗ねてしまう。


「私だって本当は朝に来たかったのにお母さんに取られたんだもん」

「む〜」


 頬を膨らませるスミレさんが可愛い。

 だけど、ギュッと抱きしめてくれるユミさんも暖かくて柔らかい。


「それなら!」

「あっ……」


 ユミさんとは別の角度からスミレさんが俺に抱きしめてくれる。


 立ったまま姉妹にサンドされるように抱きしめられた。

 さっきまでの寂しさなんて全く感じる暇がない。


 むしろ、この幸福は人に話したら絶対に羨ましがられる。


「ユミには負けません」

「私だって、姉さんに負けないもん」


 何故二人で取り合われているのかわからないけど、幸せすぎる。


「姉さん。そろそろご飯の用意しないといけないんじゃないの?」

「ならユミも手伝って」

「む〜仕方ない。ここは休戦だね」

「ええ、休戦です」


 二人が離れて温もりが去っていく。

 寂しさを感じるが、二人に抱きしめられ続けるのも困るので仕方ないかな。


「今日は鴨ハムと鶏肉のきんぴらです」

「なんだか、お酒のツマミみたいだよ、姉さん」

「ええ。ヨウイチさんのお仕事が一段落したお祝いの料理だからお酒に合うものにしたの」

「む〜美味しいからいいけど」

「締めはシソご飯を用意しているので、たくさん飲んでくださいね」

「ありがとうございます」


 最近、お酒を飲む機会が増えている気がする。

 

 気のせいかな?


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 あとがき


 どうも作者のイコです。


《世界を変える運命の恋》コンテストの作品をアップしました。


 5話ほどの短編などで暇つぶしによければ読んでレビューをいただけると嬉しく思います! どうか応援お願いします!

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