第56話 side編集者 4
《side
今日は元同僚の編集さんと飲み会に来ていた。
飲み会と言う名の愚痴り会だ。
花金なんだからこれぐらいは許されるよね!
「ハァー。美味い!」
「おっ! 今日は飲みっぷりがいいね。カスイさん」
「それはそうですよね。小説家さんたちって独特な感性があって、相手するのが大変なんです。アイディアが出ないと全く書けないっていう方もいれば、書くのが単純に遅くて締め切り伸ばしてほしいという方も多いんです。私はまだまだ担当が少ないので、この程度で済んでますけどそれでも濃い先生が多すぎです」
私は久しぶりに溜まっていたものを吐き出せる気がして、お酒が進む進む。
元々漫画家さんを担当する部署にいた私は三年が過ぎて、web小説家さんが増えている昨今に合わせて、web小説家さんを発掘する部署へ移動になった。
最初は戸惑うことばかりだったけど、発掘することも、そういう先生を相手にすることも楽しいと思えるようになってきていた。
専業作家さんとは違って、兼業の方が多いweb作家さんは、どうしても時間的な融通が必要になる。
いついつまでに書いて欲しいと伝えても、現実の仕事との兼ね合いでできないこともある。
「まぁ、創作活動をする人なんてみんなそうじゃない? うちだって家出よ。家出。こんなご時世で家出する漫画家ってどういうことよ」
「あ〜家出か〜」
「締切とか守らないのは仕方ないよ! アイディアが出ないんだもん。だけど、仕事を放り出して家出するのは、大人としてどうなの?」
「ふ〜仲介ちゃんも荒れてるねぇ〜」
「それはそうよ! こっちも子供の世話してるんじゃないっての!」
仲介さんは私が部署を変わる前に一緒に働いていた同期だ。
新人の頃はお互い大変だった。
だけど、それぞれの畑で頑張っているからこそ共通の理解ができる。
「うん?」
私はスマホに通知が来ていることに気づいて、メールを確認する。
そこにはストリングさんから確認事項というお題でメールが届いていた。
ストリングさんは新人ながら年齢は三十歳を超えていて、オジサンの雰囲気を持ちながらも童顔の構ってあげたくなる系男子だ。
「はっ?」
「うん? どうしたのカスイさん」
「あ〜」
私は送られてきた内容を読んだ。
『お疲れ様です。
お世話になっております。ストリングです。
確認したいことがあり、メールをさせていただきました。
挿絵のイラストに入れるメイドさんの服は、中世ヨーロッパのロングスカートを履いたメイド服をイメージとして、清楚なものを考えておりましたが、違ったでしょうか?
また、作中に悪魔のようなキャラは出てくるのでしょうか? もしも登場するのであれば、詳しい登場キャラの情報が欲しいです。
お忙しいところ申し訳ありませんが、ご確認お願いします』
添付ファイルあり
ストリングさんから送られてきた内容に首を傾げて、添付ファイルを見る。
そこには狐狸相先生が、キワキワな小悪魔衣装でコスプレしている画像と、ミニスカで胸元がパックリと開いたメイド服が添えられていた。
えっ! なんでストリングさんがこんな画像を持っているんだろう?
………。
一気に酔いが覚めた私は頭をフル回転させて自分が送ったメールを確認する。
狐狸相先生から送られてきた資料集を見返した。
そして、その一番最後のページ。
私も一通り目を通したと思っていた。
最後の最後。
一枚分の空きスペースを使っていて気づかなかった。
画像が添付されていた。
狐狸相先生から、私経由で送ってんじゃん。
そりゃストリングさんに誤解を生むに決まってんじゃん。
だけど、何で狐狸相先生はこんな画像を送ったんだろ? メイドの衣装をこれにしたいなら相談して欲しかった。
それに悪魔? そんなの出てきたかな?
「なになに? 真面目な顔になって彼氏でもできた? 彼に帰って来いって?」
状況がわかっていない仲介さんがからかってくるが、正直付き合うほどの余裕がない。
「う〜ん、ちょっと仕事の話になるので……」
「あ〜そういうこと……」
この辺は編集あるあるだ。
問題が起きた時に察してもらえる。
「今日解決できる問題じゃないので、一通だけメールします。すいません」
「いいよ。いいよ。頑張って!」
私はとりあえずストリングさんにメールで確認するので、少しお待ちくださいと伝える。
だが、狐狸相先生になんと問い掛ければ良いものか? これは資料ですか? と簡単に聞いて良いものか? それともどう言う意図があるのかと、送付の意味を聞くべきなのか?
自分が見落としていたことが悔やまれる。
いや、先生も気づかれない細工をしていて、私が気づいたことにして聞けばいいはずだ。
私は早速、資料の確認をしていて画像に気づいたことにして、これはキャラのイメージですか? と問いかけてみた。
だが、その日には狐狸相先生から返信はなかった。
モヤモヤとした気分でせっかくの飲み会が、気分がならないまま終わってしまった。
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