第44話 チクリと
《side瀬羽菫》
たくさんの愛をヨウイチさんは受けてほしい。
私からだけでは足りない。
ユミからも、お母さんからもたくさん甘やかされる愛を……。
それはヨウイチさんをドロドロに溶かして私たちにハマっていってほしい。
それだけの才能と努力をヨウイチさんはしてきたのだから愛されるための資格がある人なのだから。
家族を失い、虐げられる仕事を何年も続け、それでも心が折れることなく頑張ってきた。
ヨウイチさんを幸せにしてあげたい。
だけど、ふと疑問に思ってしまった……。
「異世界っていうのは……」
私の知らない世界について語るヨウイチさんの瞳はキラキラしていた。
一緒に共有できない、不思議な気持ち。
私のわからないヨウイチさんの感性を満たしていく部分を埋める人。
これは私の勘でしかないけれど……。
ヨウイチさんが手掛けている仕事の向こう側には、きっとヨウイチさんの感性を理解できる女性がいる。
前の漫画家さんとは違う。
ヨウイチさんの心を掴むほどの、感性が通じ合える人。それは私では共有できない世界。
ヨウイチさんは私を大切にしようとしてくれている。
だけど、私では理解できない芸術という分野で分かり合える女性に不安を感じる。
理解できない感性で通じ合っていると思うと、胸の辺りがチクリと痛みが走った。
♢
久しぶりに母さんと一緒にディナーにいくことした。
ヨウイチさんのお世話をしてあげたいけれど、今の私は素直にヨウイチさんを見ていられないから……。
「なるほどね。スミレは人生で初めて嫉妬を知ったのね」
カフェのカウンターの席で、母さんと並んでワッフルを食べながら話をする。
「嫉妬?」
この気持ちが理解できなくて相談した。
母さんから伝えられた言葉は嫉妬だった。
これが嫉妬? だけど、私はヨウイチさんが誰かに愛されることは歓迎している。
ユミがヨウイチさんに甘えていても、家族だから当たり前だと思っていた。
もしも、ユミがヨウイチさんに愛されても一緒にお世話をしてあげたい。
一緒に愛していければみんな幸せになれる。
「ダメよ。スミレ」
「えっ?」
「私やユミなら、あなたはヨウイチ君を奪うことはない。だから、自分の前にいるヨウイチ君を失うことはないって思っているのよね」
お母さんの手が私の頬に触れる。
私は自分の心の中に気持ちを押し込めていたのかもしれない。
お母さんに触れられて、自分の思考を止める。
「だけどね。もしも他人にヨウイチ君を取られたなら、あなたの前からヨウイチ君がいなくなるかもしれない。それにやっと気づいたんでしょうね」
私の胸がギュッと痛む。
ヨウイチさんが私の前からいなくなる? そんなこと考えたことなどなかった。
ヨウイチさんと過ごした2ヶ月間。
一緒に寝て。
お風呂に入って。
ご飯を作って。
話をして。
たくさんたくさんお世話をして、私はヨウイチさんから幸せな時間をもらった。
それがなくなる? そんなこと起きるはずがないと思っていた。
「……ねぇ、お母さん。どうすればいいのかな? ヨウイチさんを失いたくないよ! 私はヨウイチさんとずっといたい。こんな嫉妬なんてしてたら嫌われちゃう」
不安! 混乱! どうすればいいのかわからない戸惑い。
様々な感情が私の胸を締め付ける。
そっとお母さんが手を握ってくれる。
「ふふふ、恋愛って難しいわね。今のあなたは最もヨウイチ君を大好きな時なの。それは素晴らしいことだけど……。恋はね様々感情を生み出してしまう。だけど、その先にこそあなたの本当の思いがあるの」
お母さんの言葉がわからなくて首を傾げる。
私は今までヨウイチさんほど、人を好きになったことがないからわからない。
「本当の思い?」
「そう。人はいつまでも熱を帯びたまま恋をしてはいられないの。それは本質が変わるわけじゃない。あなたがヨウイチ君を好きなことが半年続いて、一年続いて、それが五年も続くなら、それは恋を超えた愛情になるの」
母さんは優しく私に微笑みかけて手を握ってくれる。
「今は熱に浮かされる恋をしている。互いが相手の全てが大切で、大好きで、ずっとこのままでいたいと思う。だけど、いつか互いの考え方に疑問をいだいて、戸惑って、ケンカをしたり、相手のいうことが理解できなかったりして困ることがあるの」
母さんの声は優しくて安心する
「だけどね。それすらも飲み込んで好きだと思えたら、それは本当の愛で、それでもお世話をしてあげたいなら、もう結婚して捕まえてしまいなさい」
私は母さんを尊敬している。
母さんはきっと全てを乗り越えて、お父さんのお世話をしたいと思っているんだ。
「ありがとう、母さん」
自分の胸が痛くて、自分の胸が苦しくて、失ってもいないのにヨウイチさんのいなくなった時のことを思うと涙が流れた。
今はただ、ヨウイチさんを失いたくない。
だから、ヨウイチさんを見ていよう。
ヨウイチさんが興味があることを一緒に好きになろう。
それでもダメなら……。
「ふふ、仕方ない子ね」
私はお母さんの大きな胸で涙を流した。
まだまだ、私も母さんにお世話になってしまう。
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