第45話 求められるレベル

 大量のデータを読み込んで作り出した、悪役令嬢として登場する主人公。

 

 その課題をどうやらクリアできたようだ。

 

 カスイさんから、正式な依頼として表紙や口絵を任されることになった。


 表紙は俺が生み出した主人公がカッコよくポーズを決める表紙がお題として挙げられている。


 自分としては独立して初仕事なので、失敗したくない。

 だからいつも以上に気合いを入れて取り組もうと思う。


 珍しくスミレさんが夜はお母さんとディナーに行くというので、スミレさんが作ってくれたランチを食べた後は集中して仕事に取り組んだ。


 夜に食べるようにとスミレさんがおにぎりを作ってくれたので、仕事をしながら食べられるように部屋に持ってきた。

 水もとりに行かなくていいように、2リットルのペットボトルを横に置いている。


 伊地知先生のところにいた時は、他にもチョコやビスケットなども用意して仕事をした。それらは気づかない間に全て食べてしまうのだ。

 

 気づかない間に食べてしまう特技だと自分では思っている。

 一つのことに集中すると、他のことが考えなくてもできるようだ。


「表紙は、断罪される令嬢の傲慢な勝ち誇った顔がいいのか。表情やキャラクターは問題ないから、背景と衣装に重点を置けばいいな」


 自分なりに何枚かラフ絵を描いていく。


 表紙に関しては資料が、百枚ほど用意されていて目を通したが、どちかと言えば時代背景への資料が多く衣装に関しては簡単な時代背景の衣装しかない。


 資料を読んで、慎重に慎重にラフ画を完成させた。


 口絵は、断罪される悪役令嬢と断罪する側というわけだ。


 どうやら学園という設定で、制服ではなく卒業パーティーでみんなドレスを着ていようだ。

 それも今どきのデザインではなく、中世ヨーロッパのフランス風のデザイン。


 資料も送られてきているので、イメージはしやすい。


 細部まで資料の指示があるけど、全てを叶えるよりも人が見たときにわかりやすさをラフ画で表現する。


「ふぅ、こんなものかな?」


 表紙と口画を一先ずカスイさんに送って、作家さんに確認をとってもらう。


「ハァー!」

「お仕事終わり?」

「えっ!」


 声をかけられて驚いて隣を見れば、いつの間にかユミさんが隣に座っていた。いることに気づかなかった。


「どうしてユミさんが!」

「姉さんから連絡があったの。ちゃんとヨウニイがご飯を食べているのか見てきてって」

「そうだったの? ごめんね気づかなくて!」

「全然いいよ。ヨウニイの仕事姿を見てたら飽きないから」


 良い子だなぁ〜。


 ユミさんはいつからいたのだろう? どうしてこの部屋にいるんだろ? リビングの方がテレビとかもあるのに。


「ねぇ、ヨウニイ」

「うん? どうしたの?」


 ユミさんは椅子に座ったまま、立ち上がっている俺を見上げて首を傾げる。

 妹として可愛いユミさんのしぐさにいけないことを考えそうになる。


「ヨウニイは、どうしてそこまで集中できるの?」

「えっ? 集中?」

「私が部屋に入ってきても気づかないぐらいに集中していたでしょ? そんなに集中できるって凄いけど、どうしてそんなことができるんだろうって? 不思議に思って」


 ああ、これは俺の能力だって思ってきただけど、どうしてと聞かれたなら……。

 理由は自分で思いついている。


「俺はね。少し欠落した人間なんだ」


 これは昔からそうだった。

 俺は何かに集中すると、触られても、音も、何も聞こえなくなってしまう。


「えっ? 欠落した人間?」


 俺の発言が意外だったのか、ユミさんは驚いた顔をする。


「ああ……昔からね。俺は、人よりも感情の起伏が少ない方なんだ。誰かに何かを言われても、影響されることもないし、動揺することもない。だから、極力大人になってからは他の人を優先しようと思うようにしていたら、相手を気にしない時間は、何も気付けなくなってしまったんだ」


 自分で説明していてもよくわからない。

 ただ、社会で生きていくためにしていたことが、俺から余計に世界と自分を隔離した。


「……ねぇ、ヨウニイ」

「えっ!」


 ユミさんは立ち上がって俺を抱きしめた。


「ヨウニイ! ヨウニイは他人を思いやれる素敵な人だよ。そうじゃなかったら私を助けることなんてできなかった! 感情の起伏が激しくないかもしれないけど、ちゃんと感情を持った人で、自分のことを大切にした方が良い人だよ」


 やはり姉妹なんだと思う。

 スミレさんも似たようなことを言われた。


 俺はもっと愛されるべきだと。


 自分では、そんな大層な人間ではないと思ってしまう。


 だけど、スミレさんやユミさんにこうして抱きしめてもらうと暖かくて、心から嬉しいという気持ちは持てている。


「ありがとう。スミレさんやユミさんに会えて。俺は今、幸せだって思ってるよ」

「ンンン!!! 姉さんだけじゃなくて、私に会えて幸せ?」

「うん。幸せだよ。妹ができたって感じがするから」


 本当にそう思う。スミレさんのことも妹だと思わなければいけなかったのかもしれないけど、もう後には戻れない。

 

「……私は妹じゃ満足できないかも」

「えっ? すまない。なんて言ったんだい?」

「ううん。ねぇヨウニイ。前みたいに抱きしめて! ヨウニイに抱きしめてもらうと私も安心して幸せになれるの」


 そうか? やっぱりまだ不安に思うこともあるんだね。


「うん。いいよ」


 俺は優しくユミさんを抱きしめた。

 すっぽりとおさまるユミさんはやっぱり可愛い。

 

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