第43話 難解奇怪

 送られてきたデータを見て唖然としてしまう。


 膨大な資料が送付されてきたからだ。

 一つの場面を描くために、資料が50ページほどの量を読まなければならない。

 理解できるのだろうか? 世界観は最初に送られてきた雰囲気と同じはずで、作家さんが思い描く世界を作れるようにしたい。


「ふぅ、これはまた難解な」


 作家さんの要望に応えるために、俺は送られてきたデータと、作家さんが書いたストーリーの内容を読み比べて、何度もイメージを作り出す。

 

 全く新しい存在を生み出さなければならない。

 それでいて、その時代の背景が窺えて、読者に共感を持ってもらえるように作り出さなければいけない。


「ヨウイチさん。ヨウイチさん」

「はっ! スミレさん?」

「はい! もう八時間が経ってしまったので、一旦休憩にしましょう」

「えっ、八時間? もうそんなに経っていたんですか?」


 俺がここに座ったのは、午前九時だった。

 いつの間にか午後十七時になっていた。


「今日はお昼も食べていないので、夕食にしましょう」

「すみません! ありがとうございます!」


 いつもスミレさんには、お世話になりっぱなしで申しわけない。


「今回のヨウイチさんは、絵を描いているわけではないのに集中してましたね。口をつけてもくれないし」

「えっ?」

「いえ、こっちの話です。何か難しい問題に取り掛かっているんですか?」

「あ〜、そうなんですよ。実は、異世界の貴族様を描くんてですけど。作家さんからの課題がとても難しくて」

「異世界?」

「スミレさんは異世界の小説を知りませんか?」

「はい。あまり読んだことはないですね」


 う〜ん、知らない人にどう説明すればいいのかわからないのだが、自分なりに異世界について説明をしてみた。


 自分たちが生きている世界とは別の世界で、魔法が存在していたり、独自の文化形態を作り出している世界に現代の知識を持って生まれ変わる話だ。


「なるほど、ここではない別の世界ということですね」

「はい。今回は、タイムスリップのような話で。殺されてしまった女性が過去に戻ってやり直す話なんです!」


 ストーリーを語り聞かせる。


「へぇー」

「それだけではなくて、作家さんはこだわりが強い方で、世界観を作るための資料や情報をたくさん送って来られたので、それを表現したいと心から思っているようです」

「なるほど、なんだかヨウイチさんに似てますね」

「えっ? 似てますか?」


 こだわりが強い人なので、職人だなぁ〜と思っていました。


「はい! ヨウイチさんも作品に取り組むときは、しっかりとイメージを固めてから、凄く集中して描き出している姿を見ていますので」

「はは、あんまり自分で考えていなかったです」


 スミレさんに言われるまで、そんなこと思いもしなかった。


「もしかしたら、お二人が出会うと同じ方向を向いて作品を作れるかもしれませんね」

「はは、出会うことはないと思います。編集さんを挟んでいるほうが、仕事として割り切れて、互いのこだわりをぶつけて揉めることはないと思うので」


 直接会ってしまうと、意気投合できるところもあるかもしれないが。

 芸術家というものは難解奇怪な思考回路をしているので、何かと仕事として割り切れなくなるところがある。


「そういうもんなんですね?」

「まぁ言っても俺も初めての仕事だから、わからないんだけどね」

「ふふ、そうですね。だけど、ちゃんと寝ることとご飯は食べてくださいね!」

「はい!」


 先ほど読み込んだところを読み返したいと思うけど、スミレさんを放置するのも良くないな。

 一応付き合い出したばかりで、スミレさんの言ったことは聞いておきたい。


「えっと、夕食も食べたので、少しだけ散歩に行きませんか?」

「お仕事はいいんですか?」

「ええ、今はデータを読み込んでイメージを作るところなんですけど、なかなかイメージが固まらないので、気分転換がしたいって思っていたんです」

「ふふ、なら夕方でも空いているカフェで、甘い物を食べに行きませんか?」

「いいんですか?」


 スミレさんは夜に甘い物を食べたいと言うイタズラっ子のような顔でこちらを見る。


 初めて見せられた顔は可愛いと思う。


「はい。行きましょう。どこにいくんですか?」

「夜パフェのお店です」

「夜パフェ?!」

 

 意外なメニューに驚きながらも、やってきたのは夜遅くまで空いているオシャレなカフェでした。


「秋は季節の栗のパフェなんですよ」

「へぇ〜!」

「ヨウイチさん。あ〜ん」

「スミレさん! あっ、あ〜ん」


 恥ずかしいですが、スミレさんのような美人から差し出されるスプーンを断る勇気は俺にはない!


 むしろ、幸福でしかない。


「ふふ、ヨウイチさんのもくれますか?」

「はっ、はい! あっ、あ〜ん」

「あ〜ん」


 俺のは栗ではなく、桃のパフェなので、少し甘めだが美味しい。


「ふふ、パフェをシェアすると二種類が食べれていいですね」

「はい! 美味しいです!」


 夕方からでもデートらしいデートができた。

 カフェに来て、スミレさんと過ごすだけで、こんなにも幸せな気持ちになれた。


 食べ終わって、外に出ればすっかり寒くなっていて、スミレさんと身体を寄せ合い腕を組む。


「ふふ、温かい」

「ええ。とても」


 なんだかゆっくりと歩くだけでも幸せを感じれる。


 夏よりも、陽が沈むのが早くなって、十八時を超えてしまうと真っ暗になっている。


 寒い中で二人で寄り添い合って帰宅した。


 それだけなのに、スミレさんがいる幸福と、楽しいデートコースに満足してしまう。

 


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