第36話 相思相愛

 伊地知との決別を口にして、スミレさんとの部屋に帰ってきた。


 勢いで告白してしまったが、スミレさんはそれを受け入れてくれた。


 ただ、伊地知と対面して話をしたことは、俺にとって精神的に疲れてしまった。帰ってくるなり、ソファーに倒れるように横になってしまった。

 

 そんな俺にスミレさんは呆れてしまうかも知れない。

 だが、頭が重くて意識を保っていられない。

 ふと、気がつくと眠ってしまっていて。


 気がついた俺はスミレさんの膝に頭を乗せられていた。


「あっ」

「おはようございます」


 頭を撫でられ、膝枕してもらってている。

 また、情けないところを見せてしまった。

 いつも俺はスミレさんの前で、ダラシないところばかりを見せてしまう。


「おっ、おはようございます」

「精神的に疲れてしまったんですね」

「あっ」


 いつもスミレさんは俺のことをわかってくれる。

 

 伊地知とは良い思い出はない。

 だけど、彼女の世話になったのは事実だと思う。

 だから色々思うことがあって、頭から熱が出た。

 

 目が覚めてスミレさんがいる。

 彼女に甘えてばかりでお世話をされてばかりだ。

 もっと、俺もしっかりしなくちゃダメだな。


「あの!」

「はい?」

「もっと、俺にスミレさんのことを教えてくれませんか?」

「えっ? どう言うことですか?」

「俺、もっとスミレさんのことをが知りたいんです。恥ずかしい話ですが、伊地知と話をして、俺って相手のことを知ろうとしてなかったと思い知りました。それは伊地知だけではなくて、これまで関わってきた人たち全員に言えることです。だけど、スミレさんとの関係は、何も知らないまま失いたくないんです」


 もう同じ失敗はしたくない。

 もっとスミレさんのことを知って、彼女と一緒にいたい。


「ふふ、嬉しいです。ヨウイチさんが私に興味を持ってくれて」

「教えてくれますか?」

「もちろんです。手始めに私はヨウイチさんのお世話が大好きなんです」

「えっ?」

「ですから、ヨウイチさんのお世話をさせてください」


 そういって頭に優しく柔らかく良い匂いに包まれる。

 あ〜甘くて優しい。



《side瀬羽菫》


 公園で出会った女性を見た時、私は心がザワザワと揺れ動く気持ちを味わった。ヨウイチさんの前の彼女さん? いえ、話を聞いていたはずだ。

 あれは漫画家の先生で、ヨウイチさんを苦しめていた人。


 だけど、同じ女だからわかってしまった。


 あの人はヨウイチさんが好きで、恋愛対象として、追いかけてきたんだ。

 そして、この人も私と同じでお世話をしてあげていたんだ。


 もしも、ヨウイチさんがこの人についていったら? そんなことないと自分に言い聞かせ中らもどこかで、もしかしたらを考えてしまう。


 自分の心に芽生えた気持ちはなんと言い表していいのかわからない。


 ユミやお母さんがヨウイチさん仲良くしていても何も思わなかったのに、この人は私の敵。この人ならヨウイチさんを私から連れ去ってしまうかも知れない。


 不安な気持ちを払ってくれたヨウイチさん。


 だけど、公園から出たヨウイチさんは、瞳から一筋だけ涙を流した。

 それがどんな意味を持っているのかわからりません。

 ただ、決別の涙に思えた私は、ヨウイチさんに辛い思いをさせてしまった。


「お待たせしました」

「大丈夫ですか?」

「はい。むしろスッキリしました。全てスミレさんのおかげです。伊地知先生と話せたのも、伊地知先生に言葉を伝えられたのも」


 ヨウイチさんは気づいていないかも知れない。

 だけど、ヨウイチさんが感じている恩義を自覚させてはいけない。


「えっ?」


 私はヨウイチさんに彼女のことを忘れて欲しくて抱きしめた。


「ヨウイチさんの心にもしかしたら、あの人への気持ちが残っているのかもしれないと私も不安でした」

「あっ!」

「嬉しいです。私を選んでくれて」

「もちろんです。俺はスミレさんを大好きです!」

「ふふ、初めてちゃんと言ってもらえた気がします」

「これから何度でも言います。大好きです」


 やっとちゃんと気持ちが込められた告白をもらえた。

 これで私とヨウイチさんは相思相愛なんだ。


 ヨウイチさんは家に帰ってくると、疲れたのかソファーに横になって眠りについた。


「ふふ、ねぇヨウイチさん。私の心はあなたのものです。ですが、私はあの人が現れて気づいてしまった。自分の心にある醜い嫉妬心に。そして、あなたへ向ける欲望に。幼い頃からたくさんの羞恥の視線に晒されてきた。だけど、そんなものはどうでもいい。お願いします。どうか私の手の届く範囲にいてください。あなたのお世話は私が全部してあげたいの、お願い」


 私は眠るヨウイチさんにキスをする。


 彼が起きる前に料理を作り、それでも寝ている彼を膝に乗せ頭を撫でた。


 私だけのヨウイチさん。

 いえ、私だけではヨウイチさんの全てを見ていられないかも知れない。

 私はヨウイチさんの全てをお世話したい。


「ユミやお母さんにも協力してもらえればいいかしら? ふふ、ねぇヨウイチさん。絶対にあなたを幸せにしますね」


 私は眠っているヨウイチさんをそっと抱きしめた。


 胸にヨウイチさんの息遣いが当たり、体温が伝わって全身が火照っていく感覚を覚える。


「んん」


 苦しそうにして目覚めようとするヨウイチさん。

 早く私にあなたの全てをくださいね。


 今からとても楽しみです。


 

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