第33話 side漫画家 3

《side伊地知》


 私は誰もあいつを見つけてくれないから自分で探しに行くことにした。

 

 仕事なんて知らない。


 あいつがいなきゃ、結局何も満足できないんだから、漫画を描くよりもあいつが必要。


 最初は都内のホテルを探した。

 まだ出ていってすぐだから、家は見つかってないはず? だけど、見つからない。


 みんなで撮った集合写真がスマホに入っていたから、それを拡大してあいつの顔を見せながら、ホテルで聞いてみた。

 だけど、どこも教えてくれないし、出入りしている様子もない。


 次に漫画喫茶で寝泊まりしてるかもしれないから、漫画喫茶に入ってはのぞいてみたけど、見つからない。

 

 どうしてどこにもいないのよ!


 私は仲介さんに連絡して、情報を得ようとした。


「えっ! 両親が死んでいて住民票がない?」


 両親が死んでること、私は全然知らなかった。

 どうして言ってくれないの? 言ってくれたらちゃんとお休みもあげたし、ご両親の葬儀にも出たのに!


 あいつはいつもそう、大事なことを言ってくれない。


 あの日の仕事だって、あいつが何度も確認を取っていたのは知っている。 

 だけど、私が思いついたタイミングとあいつが聞いて来たタイミングが違うんだから仕方ない!


 それなのにクビって言ったぐらいで出ていって! いつもなら何も言わないで戻ってくるのに、スマホも置いていなくなった。


 こんなことになるなんて思ってなかった。


 あいつなら私の我儘を受け止めてくれるって勝手に思ってた。

 それなのに、あいつは戻ってこない。


 宿がないなら、公園にいるかもしれない。

 そう思って小さい公園から、徐々に大きい公園を探して寝ている人の顔をのぞいて探してみた。


 そして、あいつがいなくなって三週間が経とうとした日。


 私はあいつらしき人物を見つけた。

 だけど、その人物は私が思っていたよりも清潔感があり、元気そうな姿をしている。

 そんなのおかしい。私に捨てられて、困って泣いていると思っていた。

 それなのに、あいつは笑顔で可愛い女の子とヘラヘラ笑っている。

 

 我慢なんかできない。


「やっとみつけた」

「えっ?」


 私が声をかけるとあいつは私を見た。

 やっぱりあいつだ。

 見た目が多少は綺麗になったあいつなんだ。


「いっ、イジチ先生?」

「こんなところにいた。最初はわからなかった。だけど、住所もないって仲介さんが言っていたから、公園で寝泊まりしているんじゃないかって、色々な公園を探した。それなのに随分と綺麗な格好をしている!」


 名前を呼ばれて我慢できなくなった。

 私がこんなにも探して見つけたのに、どうして幸せそうにしているの? 

 あなたの横にいるのは私じゃないのに。

 十年間一緒にやってきたのも、十年間一緒に過ごしたのも私なのに。


「何してるのよ! どうして帰って来ないのよ! クビなんていつもの喧嘩でしょ! それを真に受けて本当に出ていくなんて子供じゃないんだから!」


 そうだ! 十年間何があっても一緒にいた。

 クビだって言っても一緒にいてくれたのはあなたじゃない!

 それなのにどうして今回に限って私を捨てるの?


「さぁ!」


 体を震えさせて、俯いた彼の腕を掴んで連れて帰ろうとした。


「やめてください!」


 そんな私の腕を、隣にいた若い女が払いのける。

 

 何? どうしてあなたが私の邪魔をするの!


「ヨウイチさんが嫌がっています」

「あなた誰?」

「ヨウイチさんの彼女です!」


 ハッ! そんなの嘘。


 だって、絶対に二十歳ぐらいの小娘だから。

 あいつが相手にされるはずがない。


 年が離れすぎている。

 それに若くて見た目がいいから、冴ないこんなおじさんを相手にするはずがない。 


「ハァ?! たった二週間ぐらいで、彼女? ありえない? それにあなたとこいつじゃ歳の差がありすぎるじゃない? 私を馬鹿にしているの? あなたはこの男を庇うつもりかもしれないけど、こいつはうちの従業員なの! 放っておいて!」


 私が女を怒鳴っているとあいつが、私と女の前に割り込んでくる。


「やめてください! 伊地知先生。彼女は本当に俺の彼女です! 俺は彼女に救われて今は普通に暮らしています。それにクビを言ったのはあなただ! もう俺は従業員じゃない!」


 そう、そういうこと! クビって言ったから私を捨てるの? そして、ホイホイ別の女に乗り換えるの?

 

 ずっと私の側で私のだったのに。


「許さない! 許さないから!!!」


 全部……。


 全部悪いのはこの女!


 この女がいなかったら、あいつは私に逆らわなかった。


 私が帰って来いっていえば、帰ってきていた。


 それなのに、私の手を払いのけて、彼女とか嘘をついて、私とあいつの中を邪魔する最低な女。


「あんたが!」

「あなたはヨウイチさんを好きなんですか?」

「ふぇーー!!!」


 不意に問いかけられた言葉に、自分でも変な声が出た認識はある。


 だけど、この女は何を言っているんだ!


「わっ、私がずっとこいつを世話してきたんだ! まだ学生時代の何もできないイラストも下手なこいつに絵を教えて、給料を出して十年間も世話をしたんだ! ご飯も食べさせて、生活もさせて!」

「……なるほど。そういうことですか」


 そうだ! 今までこいつの全ては私がしてきた。


 それなのに今更になって勝手に出ていって、別の女ができたから、私を捨てるなんて許せない!


「ヨウイチさん」

「はい?」

「ケジメはつけなければいけません。ですから、勢いで発する言葉ではなく、冷静に伝えてあげてください。今までの想いを」


 その女は私とあいつの間から距離を置いて、だけど何かあれば駆けつけられる位置まで離れた。


 

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