第32話 秋は紅葉

 秋らしい気候の街並みは少し風が冷たくて、今日もスミレさんに用意してもらった秋用の服を着て出かけます。


 ちょっと自分としては情けないのですが、最近は服を買う際にも結局スミレさんに何が良いのか聞いてしまうので、もうスミレさんに任せた方がいいのではないかと思うようになりつつあります。


 だけど、それだとなんだか自分では何もできなくなってしまうような気がするので、最終手段として組み合わせなどは自分で決めて、スミレさんに最終チェックしてもらうようにしている。


「はい! 大丈夫ですよ」

「よし!」

「ふふ」


 俺がコーディネートを見せるとスミレさんは楽しそうに笑ってくれる。

 本当は植物園に行きたかったのだが、遠かったので、今回は近くの紅葉スポットに歩いて向かうことにした。


 スミレさんが好きな物はお花だった。


「お花って、自分では動けないのでお世話してあげないと枯れてしまうんです。だから、その子達のお世話をしてあげると幸せな気分になるんです」


 スミレさんらしい好みだと思った。


 せっかく好きなものを教えてもらって植物園を計画したが、今の家から結構遠くて初めてのデートなら、遠くよりも近くでゆっくり綺麗な物を見たいと思ったので、電車で行ける新宿御苑に行くことにしました。


「うわ〜、綺麗ですね!」

「はい。俺も来るのは初めてかもしれません。ですが、結構広いんですね」


 緑から茶色へ色づき始めた並木道。

 芝生広場や休憩所など、大勢の人がのんびりとした時間を過ごしています。


「あっ、あの」

「はい? 手を繋いでもいいですか?」


 こんなオジサンと手を繋ぐのは恥ずかしいかもしれない。

 だけど、せっかくデートに来たなら手を繋ぎたい。


「もちろんです。手と言わず、腕を組んでも」


 そういってスミレさんは差し出した手を恋人繋ぎで握ったまま、左腕の傷を優しく包み込むように抱きしめました。

 右腕は、スミレさんが作ってくれたお弁当が入ったバケットを持っている。


 スミレさんは自分が持つといってくれたのだが、これぐらいはさせてほしいとお願いした。


「あっ、ありがとうございます!」

「恋人ですからね。お礼を言わなくてもいいんですよ」

「そうかな? でも、嬉しいから」

「ふふ」


 スミレさんが握ってくれた腕が凄く暖かい。

 公園には池が作られていて、少し風が冷たい。

 ワンピースにカーディガンを来ているスミレさんは少し肌寒いかもしれない。

 

 俺は、長袖で丁度いいが女性の方が体温が低いと聞いたことがある。


「寒くはないですか?」

「はい。ヨウイチさんにひっついていたら温かいです」


 かっ、可愛い。


 彼女の長い髪が俺の腕をくすぐり、抱きしめられた左腕が胸に挟まれて温かい。


「そっ、そろそろお弁当にしましょうか?」

「はい!」


 芝生広場から少し離れた中央の休憩所にあるベンチに座り、スミレさんが作ってくれたお弁当を開く。

 お弁当はおにぎりと爪楊枝で刺して食べられるおかずたちだった。


「綺麗ですね」

「ふふ、最近、一口で食べられる料理が私のブームなんです」

「そうなんですか? 確かに食べやすいですもんね」


 卵焼きなども串で刺して、一口で食べられる。


「おにぎりも俵型なんですね」

「はい。そちらも食べやすさ重視です」

「色々と考えてくれてありがとうございます! 確かに食べやすいです!」


 スミレさんはいつも俺のことを考えてくれる。

 だからこそつい甘えてしまうんだよな。


 もっと気の利いたところに連れて行きたいと思ったけど、彼女が言ったのだ。


「お花も好きですけど、ヨウイチさんとゆっくりできる場所が嬉しいです。そして、ヨウイチさんの絵を描く参考になるところならもっといいですね」


 いつも俺を一番に考えてくれている。


 公園は人が多くて、それでいて緑が溢れている。

 だけど、その向こうにビルが見えて、全てのバランスが混ざり合って、インスピレーションを与えてくれる。


 自転車に乗る人、家族で楽しんでいる人。

 散歩をしてベンチに座る人。

 

 様々な人が入り乱れて、楽しそうにしている。


 こんな平凡でゆっくりとした時間が流れる時を俺はずっと知らなかった。


 ……いつまでも、続けばいいな。


「やっとみつけた」

「えっ?」


 いきなり近くで声が聞こえた気がして、俺が振り返ると。


 十年間毎日のように見ていた顔がそこにある。


「いっ、イジチ先生?」


 俺は自分の声が震えているのがわかる。


「こんなところにいた。最初はわからなかった。だけど、住所もないって仲介さんが言っていたから、公園で寝泊まりしているんじゃないかって、色々な公園を探した。それなのに随分と綺麗な格好をしている!」


 捲し立てるような声。

 いつもそうだヒステリックに叫び声を上げるまの助走。


「何してるのよ! どうして帰って来ないのよ! クビなんていつもの喧嘩でしょ! それを真に受けて本当に出ていくなんて子供じゃないんだから!」


 始まった! ヒステリックに怒鳴り自分の思いだけを叫び続ける。


「さぁ!」


 俺の腕を掴もうとして、俺は最悪な日々を思い出して、目の前が真っ暗になる。


 あ〜戻りたくない。


 だけど、逆らえないんだ。


「やめてください!」


 そんな俺の腕に伸ばされた伊地知の手を、スミレさんが払い除けた。


「ヨウイチさんが嫌がっています」

「あなた誰?」

「ヨウイチさんの彼女です!」

「ハァ?! たった二週間ぐらいで、彼女? ありえない? それにあなたとこいつじゃ歳の差がありすぎるじゃない? 私を馬鹿にしているの? あなたはこの男を庇うつもりかもしれないけど、こいつはうちの従業員なの? 放っておいて!」


 スミレさんに食ってかかる伊地知を見て、俺は初めて自分の体が動いた。


「やめてください! 伊地知先生。彼女は本当に俺の彼女です! 俺は彼女に救われて今は普通に暮らしています。それにクビを言ったのはあなただ! もう俺は従業員じゃない!」


 言った! 言ってやったんだ!


 これまでどれだけ言いたくても言い返せなかった。


 心のどこかで伊地知に支配されていたのかもしれない。


「許さない! 許さないから!!!」


 ギュッと拳を握った伊地知が、スミレさんを睨んだ。


 

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