第28話 side漫画家 2

《side伊地知》


 あいつがいなくなって、代わる代わるアシスタントが出入りするようになった。


 元々人見知りな私は誰とも話をしなくなり、だんだんと気分が乗らなくなってきた。


 全部がめんどくさくい。

 あんなに楽しかった仕事が楽しくない。

 思う通りの作品ができない。


 今までは考えなくても、すぐに物語が浮かんできていた。それなのに今は何かが欠けてしまったように何も思いつかない。


「先生、原稿の調子はいかがですか?」


 最近変わったばかりの編集は、原稿のことばかりしか聞いてこない。

 仲介さんなら、気分転換に連れ出してくれたり、気を使ってくれていたのに。


「無理、しばらく描けない」

「えええ! こっ、困りますよ! 先生の話が人気投票一位なんですよ。話も盛り上がる時期なんですから! 描いていただかないと困ります!」


 あ〜うるさいうるさいうるさい!


「無理なものは無理」

「なんでですか?!」


 だって、綺麗な絵ができないんだもん。

 私は私以上の完成された絵を知っている。


 だから、自分の書いた絵では満足できない。 


 インスピレーションの中では、あいつの背景があって初めて私の漫画は完成する。


 それなのに絵がないから満足できない。


 話を書いても満足できないから面白くない。


「もういい」


 私は全てが上手くいかなくて、全てを投げ出して家を飛び出した。


 昔はたまにあった。

 家出をして仕事を放棄する。


 いつも、上手くいかない時はよく家出をした。


 編集長や仲介さんが迎えにきてたくさん話をした。


 いつからか、あいつが迎えにくるようになって。

 だけど、もうあいつは私を探しに来てくれない。


 ずっとあいつに甘えていたのは私。


 なら、家出したあいつを迎えに行くのも私。


「待ってて」


 私は最小限の荷物と、財布を持って家を出た。



《side仲介》


「先輩! 大変です! 伊地知先生が行方不明になりました!」

「あ〜、久しぶりだね。伊地知先生の家出。後輩ちゃん、試練の時だよ」

「どっ、どういうことですか?」

「伊地知先生って、たまに失踪癖があるんだよね。昔は書き溜めをしてくれてから結構消えてもなんとかなったんだけど、今回は紐田さんのこともあるから大変かもね。先生にとっては初恋だと思うから」

「えっ! あの変人先生が恋なんてするんですか?」

「するでしょ? 人なんだし」


 私もここまで伊地知先生がダメージを負うとは思っていなかった。

 紐田さんはよくも悪くも才能はあるが、冴えない人だった。いつも寡黙で、怒られても反論もしない。

 それでいて仕事はきっちりする職人タイプで、女性受けが良いタイプではなかった。

 

 顔は、まぁ平凡か、整えれば少し良い程度だと思う。

 整えたことがないからわからない。


 ただ、私としても年上の冴えない男性に興味を抱かないかと言えば、少しだけ気になる男性ではあった。


 どこか放って置けないタイプで、伊地知先生が怒って構いたくなる気持ちもわからないこともない。


 冴えないし情けないが、仕事ができて顔は悪くない。


 うん。難しい。


 人のタイプなんてその時その時だろう。


 ただ、高校生漫画家としてデビューした伊地知先生は、忙しいあまりに思春期の恋愛をする時期に仕事に明け暮れていた。


 恋愛の仕方を上手く知らないから、気持ちの整理がつかないで怒ってしまう。


 本当に不器用な二人だったのだ。


 ただ、紐田君側は先生のことを女性としては見ていなかったと思う。

 仕事の上司か? 面倒な人ぐらいだったんだろうなぁ〜と今なら思ってしまう。


 私には優しくしてくれていたこともあったから、仕事仲間だと思ってくれていたはずだ。


 それが恋愛対象かと聞かれれば違うような気もする。


「もしも、紐田さんを見つけられたら先生も見つかるかもね」

「そんなぁ〜! 会社で探しても見つからなかったのに。私一人では無理ですよ!」

「案外、このイラストを描いた人が紐田君だったりしてね」

 

 私は最近のお気に入りになりつつある、イラストレーターさんの画像集を見ていた。


 最近になって二枚の女性キャラが追加された。


 一人は、タイトスーツ姿の美人巨乳上司タイプ。

 一人は、小柄で元気溌剌な女子高生をモデルにした、後髪を可愛く束ねた美少女タイプ。


 二人の異なるキャラは、とても栄えるので、先に出された画風とも違って漫画に向いている。


 この人は漫画家の経験があり、イラストレーターとしての才能に溢れている。


 本当にもしかしたら紐田さんではないかと、疑い始めてしまう。


「そんなわけないじゃないですか?! それにアシスタントは嫌だって、ハッキリ告げた人に用はないです」

「はいはい。後輩ちゃんになくても私はパイプ役として、他の作品へ紹介する機会もあるでしょ?」


 最近は小説原作のコミカライズ作品が増えている。

 原作者が別で漫画家やイラストレーターさんを雇うことは多い。


「そんな悠長なことは言ってられませんよ! 心辺りはないんですか?」

「あなたはもう少し自分で考えて行動したらどうなの? 先生の行動範囲が広いわけないわよね!」


 あまりにも私頼りな後輩ちゃんに喝をいれる。


「あっ! 伊地知先生は人見知りでした!」

「そうよ。だから、人混みは無理で、自分一人でのんびりできる場所に絞ってみなさい」


 私は後輩ちゃんにヒントを出して編集部から追い出した。


 伊地知先生の今後を決める大事な編集会議に参加するために。

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