第22話 真剣な横顔
《side瀬羽菫》
引っ越しを終えてから、ヨウイチさんは仕事へ意識を向けるようになりました。ヨウイチさんは私に気づかせないようにしているけど、左腕がちゃんと使えていないことを私は知っています。
包帯が取れた日から、お風呂は自分で入ると言われてしまいました。
凄く悲しくて、こっそりと覗いてしまいました。
その時に見てしまったのは、左腕を曲げる際に痛みがあるのか、顔を顰めていました。
それに、病院の先生に聞きました。
左手の神経が切れているところがあり、もう一生、運動神経は戻ってこないかもしれないそうです。
私のためにヨウイチさんは、刃物を持ったストーカーを止めてくれました。
自分が不自由になることも厭わずに助けてくれたのです。
しかも、それを私には教えないで、平気なふりをしています。
それだけではありません。
彼が絵を描きたいというので、モデルになりました。
どんな絵ができたとしても誉めようと思っていました。
ですが、下書きで初めて見た時、感動して涙が出そうになりました。
この人は素晴らしい才能を持っている人でした。
もしも、ナイフで傷つけられた腕が左腕ではなく、右腕だったなら……。
この才能すらも私は奪っていたのかもしれない。
そんなことを思うと凄く怖くなって、自分が情けなくて悲しくなりました。
私は、ヨウイチさんの一生を奪うところだったのです。
男性としてだけでなく、人としても尊敬できる人だと思えました。
自分のことを顧みずに、私を助けてくれたんだと思えば、いったいどれだけの感謝と恩を返さなければいけないのでしょう。
「そう、そんなにも素敵な人なのね」
「うん、お母さん。私は一生、あの人を支えたい」
「ふふ、随分と早い運命の出会いね。引っ越しの報告に、結婚の報告を同時にされちゃうなんて」
「結婚の報告はまだ早いよ。まずはヨウイチさんが私に依存してくれないとダメだもん。これからもっと頑張るんだ」
「あらら、誰に似たのかしらね」
お母さんに電話で引っ越しの報告と、彼への思いを話すと茶化されてしまったけどお母さんもお父さんを一生お世話したいと思っているのは知っている。
「そうだ。今度引っ越ししたお家に、
ユミは私の妹で現在高校生だ。
一人暮らしを始めてからは一年ほど会えていない。
「うん、大丈夫だよ。だけど、一週間ぐらいはダメだよ。彼が作品を作っているからね。それを終えるまでは集中させてあげたいの」
「もう、すっかり彼女気取りなんだから。はいはい。なら、来週の週末にでもお邪魔するわ」
「うん。彼が作品を作り終えたら言っておくね」
「はいはい。若いっていいわね」
お母さんと電話を終えた私は彼の姿を眺めために部屋を覗く。
集中している時の彼は、他のことが見えなくなってしまう。
私が部屋に入っても気づかない。
邪魔をしてはいけないと思いながらも、真剣な彼の姿が見たい。
だって、凄くかっこいいだもん。
私のイチオシはやっぱり横顔。
パソコンの画面を見ながら、真剣な顔で取り組んでいるヨウイチさんの顔はどれだけ見ていても飽きない。
集中し過ぎて、ご飯を食べなくなるのではないかと不安だった。
だから、私は強引な方法で彼の意識を覚醒させる。
彼がパソコンの画面から体を離して、伸びをした時を狙って後ろから抱きしめた。
「ふぇ?! どうしたんですか?」
「そろそろお昼ですから、一旦休憩にしましょう」
「もうそんな時間ですか?! 気づきませんでした」
ヨウイチさんの集中力は凄い。二、三時間は当たり前に作業をしてしまう。
初日は、いつまでやるのかわからなくて放っておいた。
そしたら、十二時間以上も寝ないでパソコンに向かっていた。
ただ、面白いのが私が差し出したお茶や、お菓子は食べてくれる。
多分、無意識で食べる訓練でもしていたんだじゃないだろうか?
口元にサンドイッチを差し出すと、パクッと食べるのです。
可愛いっっっ!
お世話をしてあげている感覚がやみつきになりそうです。
だから、一日目はお昼にサンドイッチを作り、夜におにぎりを作りました。
たくあんを口に添えると「あ〜ん」と、口を開けてボリボリと食べていました。
ふふ、見ていて本当に楽しい。
だけど、これは簡単な物しか食べてくれないので、ダメですね。
それにこぼしてパソコンの画面を汚してもいけません。
「今日は和風焼き魚定食にしました」
「うわ〜ランチなのに豪華ですね」
「はい! 頑張っているので特別です」
「ありがとうございます!!!
ヨウイチさんはあまり好き嫌いがないけど、苦い物が苦手。
魚の内臓やピーマンやシシトウが苦いと顔を顰める。
そっと避けようとするので「コホンッ」と、咳払いする真似をすると頑張って食べていました。
「ううう」
本人は気づいていないと思います。
でも、見ているとわかりますからね。
そして表情を見ていると、彼は私にお世話をされていることを負い目に感じています
だけど、それは違うのです。
助けてもらったのも、こうやってお世話をさせてくれて、癒されているのも私の方なのです。
彼に依存して、彼の匂いを嗅いでいたい。
彼の一つ一つのいいところを見つめていたい。
お世話をされることになって横柄になるのではなく、常にこちらへの配慮を忘れないで、申し訳なさそうにしている姿が可愛くて、もう一生この人を見ていたい。
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