第23話 仕事依頼

 ディティールにこだわり時間をかけて、一枚の絵を描き上げるのに三日をかけた。二枚目が納得できたのは、さらに五日。


 二枚の絵を完成だと載せるまでに十日を費やした。


 一枚目の絵を描いて色をつけ、スミレさんに見せた。

 スミレさんは、ただ何も言わないで涙を浮かべて喜んでくれた。


 そうして、涙が止まると……。


「凄いです。感動で言葉を失ってしまいました」

「ハハ」


 家族以外で、自分の完成した作品を褒めてくれる人がいるなど思いもしなかったので、俺も感動してしまう。


 子供の頃は母親に絵を描いてあげると、お前は天才だねと褒めてくれた。


 高校で絵を描く仕事につきたいと父さんに話した時、父さんは真っ当な仕事について欲しいと思っていたのかもしれない。

 

 だけど、父さんは否定しなかった。


「好きに生きろ。お前の人生だ。我々は応援する」


 そう言って美大の費用を出してくれた。

 結構な額だったので、奨学金を借りることになったけど、それでも賛成してくれたことが凄く嬉しかった。


 両親は俺にとって放任気味だったけど、それでも優しくて尊敬できる人たちだった。


 両親が事故で死んだのを知ったのは、仕事に追われてスマホも見れない頃で、遺骨だけを渡された。


 俺はなんて馬鹿なんだろう。


 あれほど愛してくれた両親の葬儀にも出られなかった。

 身元引受人にもなれなくて、借家だった家は大家さんに返して。


 本当に何も恩返しができなかった。


「ヨウイチさん?」

「あっ、ごめん。スミレさんに褒めてもらえて、なんだか嬉しくて、ちょっと両親のことを思い出してしまって」


 両親のことを思い出して泣くなんて情けないよな。


「ヨウイチさんのご両親は素晴らしい人たちだったんですね」


 椅子に座って画像を見せた俺にスミレさんが頭を胸に当てて抱きしめてくれる。


「すっ、スミレさん!」

「泣きたいと時は泣いていいと思います。仕事に追われて、後悔を抱えて、様々な感情があるとヨウイチさんは言いました。全部、ヨウイチさんの気持ちだと思います。それで涙が出るなら、ご両親は喜んでくれると思いますよ」


 そう言われて俺はスミレさんの大きな胸に包まれて少しだけ泣いた。


 こんなにも暖かくて、心地よく甘やかされてしまったら抜け出せなくなってしまう。


「そういえば、引っ越したことを両親に話していなかったので、母に昨日伝えました」

「えっ?!」


 涙が流れ終わり、しばらく呆然としていた俺はお風呂に入り夕食を食べている際に、スミレさんにご両親の話をされてしまう。


「母が一度、ヨウイチさんに会いたいと言われていたので、今週の週末に会いにきます。よかったですか?」

「もっ、もちろんです! むしろ、お世話になっているのはこちらの方で、年下のスミレさんに家事や生活の全てを任せてしまって、情けないこんなオッサンで幻滅しかしないと思うんだけど」

「そんなことはないですよ。母は人を立場で左右する人ではありませんから」

「それならいいんだけど」


 いくら絵がかけても、仕事の一つも取れていない今の俺は無職と同じだ。

 今は貯金で生活ができると言っても、親御さんに堂々とできる立場ではない。


 せめて、DMも一つでも来てくれれば……。


「えっ?」

「どうかしましたか?」


 パソコンと連携しているスマホにDMを知らせる通知が来ていた。


「DMが来ているみたいだ」


 それも三件も来ていたので、開いてみればどれもイラスト依頼のDMだった。


 しかも、その中の一つは仲介さんだ! ペンネームにしているので、俺の存在に気づいていないみたいだけど、知り合いが俺を見つけてくれたと思うと嬉しい。


 ただ、内容が全然嬉しくない。


「伊地知のアシスタント……」

「どうかされましたか?」

「あ〜いや、前回の職場からDMが来ていて、アシスタントにならないかというDMだったので幻滅してました」

「あ〜、あのヒステリックな漫画家さんの」

「はい。どうやらいいアシスタントがいないみたいですね」


 すぐにヒステリックになってクビにするので、アシスタントが続かないのだろう。


「受けるんですか?」

「まさか?! 絶対に嫌ですよ。それに他にも二件ほどDMが来ていました」


 一つは小説のイラスト依頼だ。

 最近、ラノベ作品の挿絵が増えているそうだから、そういう依頼かな。


 もう一つは、今度仕事があればお願いしますという予約メッセージのような挨拶文が来ていた。


「ふふふ、ヨウイチさんの作品が認められているんですね」

「それなら嬉しいですが、こればかりはわかりませんよ」

「絶対に認められたんだと思います。よかったですね」


 自分のことのように喜んでくれるスミレさんがいるだけで、俺は少しだけ自分に自信が持てた。

 だから、引越し前に決めていたことを口にしてみる。


「あっ、あの」

「はい?」

「スミレさんは、俺を男としてみれますか?」

「どういう意味でしょうか?」

「俺って、スミレさんから見たらオッサンです。一回りも年上なので」

「……」

「それでも男として、見てくれるならスミレさんと一緒にいたいです」


 俺なりの告白のつもりだ。


 彼女なしの生活に戻れる気がしない。


 これが甘えだとわかっていても、彼女と過ごす生活を続けたい。


 俺は恐る恐る。


 彼女の顔を見た。

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