第13話 スマホを買おう

 仕事を始めるにあたって、最も必要になるのが連絡手段だ。

 最近は、ネットで購入して安いキャリアで使うこともできる。ただ、そのネット環境がない。


 いや、パソコンを持ち込んでフリーWi-Fiがあるところでやればできるので、みんなが大好きバーガー店にお邪魔した。


「スミレさんはこういう店は来たことある?」

「もちろん来たことありますよ。物凄くお金持ちのお嬢様じゃないんですから当たり前ですよ!」


 俺の問いかけに当たり前だと返してくるスミレさん。

 普段、外食をしているところを見たことがない。

 いつも作ってくれて、全て美味しい。料理上手だ。


 俺は漫画家時代は、朝昼晩、全てがバーガーだったことチキンだったこともある。それも伊地知の経費として、福利厚生扱いだったので、適当に注文されていた。


 俺の中では編集の仲介さんが作ってくれたオニギリが一番美味しかった。


 彼女も年下ではあったけど、一番歳も近かったので、話しやすかった記憶がある。

 もしかしたら、彼女に連絡をすれば仕事がもらえるかもしれない。


 伊地知と繋がりがあるから、極力連絡は取りたくないけど、まぁ最終手段の候補には入れておこう。


「厳格にファーストフードはダメっていう、お家の子も学校にはいましたけど。家では、どちらかと言えば様々な常識を知っていなければ、社会のことはわからない。株式も、世界も常識を知ることは大切だ。というのがお父様の教えなんです」


 うん。なんだろ。凄いパワーワードが最初に出たよ。

 ファーストフードがダメっていうお家? 俺の近所にそんな家なかったよ。

 アレルギーとかかな? それに社会や世界って、常識の幅がグローバル過ぎませんか?


 あれだね。スミレさんのバックを想像すると、絶対に手を出してはいけないお方に思えてきたよ。


「物凄く仕事ができそうなお父さんだね」

「はい! その代わり家のことは全然ダメなんです」


 おや? ちょっと親近感。

 

 俺も料理ができないからカップ麺ばかりだった。


 まぁ、お金を稼げているからお手伝いさんとかが雇うのかな?


「お母さんが全ての世話をしてあげているんですよ。うちのお母さんは、お父さんのお世話をするのが生き甲斐みたいな人で、会社でも母が秘書をしてスケジュールを管理しているんです」

「えっ?」


 そんなこともあるんだね。


 仕事場までお母さんがついてきて、誰がスミレさんを育てたのだろうか?


「ですから、幼い頃は両親の会社で宿題をしたり、遊んでいました。高校生ぐらいになると、家に帰るようになったので送迎用の車がありましたよ」

「あ〜なるほど」


 うん。十分にお嬢様だ。


 俺はどうしたらいいんだろう? そんな子の家に数日お世話になってしまっているよ。上流階級のしきたりとか、作法とか全然わからないんだ。


 だからね、失礼があったからって裏で消さないでください。


 お願いします。


「とっ、とにかく食べたことがあるなら、頼み方はわかるかな?」

「もちろんですよ。最近はモバイルオーダーですよね」

「えっ、なにそれ?」

「もう、ヨウイチさんの方が知らないじゃないですか」


 えっ? 何モバイルオーダーって? オジサンに最新情報でイジメるのは勘弁してください。


 十年間、漫画家アシスタントとして、引きこもっていたから浦島太郎なんです。

 

 そういえば注文は他のアシスタントか、編集さんに頼んでいた気がする。


「スマホで事前に注文して、席に持ってきてくれるんです」

「えええ!!! そんな便利なの? 進化が凄いね!!!」

「ふふふ、私の方が常識がありましたね」


 くっ! お嬢様だと思っていたのに、完全に常識で負けてしまっている。素直に認めよう。


「注文の仕方を教えてください」


 プライドなんてないよね。

 

 もうお風呂に入れてもらうような人に、粋がって知ったかしても仕方ない。


「はい! もちろんです」


 こんな場所でもスミレさんにお世話をされてしまいました。


「どの機種にしましょうか?」

「なんでもいいので使いやすいのがいいです」


 注文が終わると早速パソコンで格安プランをしている有名ネットショップでスマホの契約をすることにしました。


 新規なので、機種も多少は値引きしてくれるようです。 


「なら、私と同じ機種の最新版にしませんか?」

「同じ? 確かに使い方がわからないので、その方がいいかな?」 


 職場で使っていた機種は古かったので、やっぱり新しいのが欲しい。


「はい! 教えてあげますね」

「ぐっ!」


 ここでも世話になることになってしまった。

 自分の機械音痴が恨めしい。

 

 リンゴマークが裏面に描かれた最新のSE機種を購入した。バージョンは13と同じだそうです。

 充電端末が変わったばかりだそうで、使い勝手が良くなりました。


 ネット注文なので、購入したスマホが届くのに時間がかかります。届け先はスミレさんの家に送ってもらいます。


 結局、バーガーの注文から、スマホの機種決めまで、スミレさんに頼って世話をされてしまった。


 久しぶりに食べるジャンクフードは美味しい。


 スミレさんの料理は美味しけど、たまに食べたくなる背徳感は否めない。


 その後は市役所に行きました。


 不動産屋さんの前に、最初にこちらに行けば良かったのです。

 クビになった日は、とにかく動転していて、家探ししか頭になかった。

 住民票をもらってしまえば、不動産屋さんで証明になるので家を借りられるはずです。


「えっと、ご両親が他界されていて、現住所も追い出されたと……あ〜確かに住民票が抹消されていますね。復活させる為の身分証が必要なんですが、保険証もなし。免許証も無しになると銀行のカードが必要ですね」


 両親が死んでから、住民票は実家のまま放置していたことで、抹消されていていた。

 しかも五年以内なら、再発行が可能だったのに、俺は五年以上放置してしまっていた。


「それはどうすれば?」

「国民の一人一人に住民票は提示されます。一応身分証などはないのですが、キャッシュカードを一枚お持ちなので、銀行に問い合わせてみましょう。大丈夫ですよ」


 市役所方で優しい職員のおかげで再発行ができることになりました。


 三日ほど時間がかかるそうです。


 スマホに、住民票に、様々な手続きが大変でした。 

 

 スミレさんが付き添ってくれて、助言をくれたので、なんとか終えることができました。


 どこからどこまでもお世話になりっぱなしです。

 社会復帰が本当にできるのでしょうか?

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