第10話 膝枕

 あれから一週間が経とうとしている。


 朝目覚めると、歯磨きの用意をされて、顔を洗うとタオルを差し出される。

 脱衣所には着替えがあり、片手での着替えにも随分と慣れた。


 一週間が経ってわかったことだが、左手の真ん中二本の指に感覚がない。

 右腕が使えるので、絵を描くことに支障はないのだが、意外に片手の指が使えないという不便であるという事実を知った。

 

 親指と小指は問題なく使えるので握ったりすることはできる。

 真ん中の指と小指側に近い指がいうことを聞いてくれない。

 力が入りずらいという感覚が強く、握っても完全には握れなくて浮いてしまう。


 それでも服は着替えられるので、用意された着替えをして脱衣所を出ると朝食が用意されている。


 毎日違うメニューで凄いと思う。


 手抜きは一切なく、朝起きた際の俺を見て決めてくれている。


 どれだけ用意してくれているのだろうか? 用意のレパートリーは、


 ごはんとお味噌汁の和食セット。

 パン、スープ、サラダの洋食セット。

 中華粥と漬物の和中セットだ。


 どれも美味い。


 食費を出したいと言った際に……。


「ダメです。お怪我が治るまで全ての費用は私が出したいんです!」


 一応、親御さんにも迷惑がかかるからと説明すると。


「それは問題ありません。これは私が投資によって得た利益ですから、ヨウイチさんは何も心配しなくていいんですよ」

「投資?」


 聞き慣れない言葉に我が耳を疑う。


 絵を描くこと意外に無頓着な俺でも、投資ぐらいは言葉として聞いたことがある。だけど、それを女子大生がしているという事実に唖然としてしまう。


「はい。父が会社を経営していて、お金を増やす方法は自分でも知っていなければならないと幼い頃からある程度の運用は習ってきていたんです」

「運用を習う?」


 時代の変化だろうか? お金の運用を習うなんてしたことがない。


 ましてや、美大は親が金を出してくれて、それでも足りないから奨学金を100万ほど借りた。なんとか働き出して借金の返済は十年かけて終えた。


 ただ、貯金をしても増やそうなんて思ったことはない。


「すっ、凄いんだね。スミレさんは」

「そうですか? まぁ普通の方々が生涯年収と言われている額の三倍ほどは持っていますので、その面では恵まれているかもしれません」


 すみません。生涯年収を知りません。

 

 年収の一生分ってことか? 普通の人の年収が300万〜400万くらいだろ? それを一生で働けるのが四十年分くらいとして、2億弱?! その三倍!!!


 ヤバい! 凄いお嬢様だ。


「あっ、もう数字が全く想像できない」

「ふふふ、とにかく、ヨウイチさんは好きなことをしててくれればいいんです」


 いや、それにしても至れり尽くせりが過ぎる。


 朝食を食べ終えると、スミレさんは片付けをしたり、掃除を始める。


 部屋の中はいつも綺麗で、俺としては絵を描く練習を始めるのだが、なんだか落ち着かない。


 とにかくそれでも集中しだすと、二時間か、三時間はあっという間に過ぎるので、意識を取り戻した時には昼食が用意されている。


 動きがそれほどないので、あまりお腹が空いていなければ、軽いパスタや、サンドイッチなど簡単に済ませられる物が出してくれる。


 お腹が空いたと思えば、ハンバーグ定食や唐揚げ定食など、これまた凄いことになる。


 流石にこのまま動かないでいると、太ってきてしまうので、昼食を食べ終えると散歩に出かける。

 スミレさんも一緒に歩きに行くので、日焼け止めを塗られて、長袖のシャツを渡される。


「紫外線は体に悪いので、それに日焼けをすると、今のヨウイチさんでは熱が出てしまうかもしれません」


 もう、どれだけ完璧なお世話なんだよ! でも、凄くありがたい。


 帰ってくるとお風呂タイムで、包帯を巻いたままゴミ袋を巻いてもらって、海水パンツに着替えてスミレさんに全身と頭を洗ってもらう。


 初日に色々と苦労したので自分で体を洗うことは諦めた。


 スミレさんも水着に着替えて、俺を洗ってくれるのだが、お風呂場に貼られている鏡越しに二つの豊満なマシュマロが揺れている。


 お風呂場の鏡越しに自分の視線と体がゆらゆらと揺れに合わせて動いてしまう。


 夜も睡眠薬のおかげで寝れてはいるせいで、体はどんどん調子が良くなってきている。仕事をしていた時のことが嘘のように体力が余ってきている。


 両親が死んでから、仕事ばかりでこんなにも元気に過ごせていることは初めてだと思う。


「ヨウイチさん、どうかしましたか?」

「はっ! あっいや、なんだかのぼせたのかもしれません。今日はもう上がってもいいですか?」

「大丈夫ですか?」


 心配されながら、体を拭いてリビングに戻りました。


 変なことを考えたから本当に逆上せてしまったようだ。

 フラフラとして、リビングのソファーに横になる。

 そのまま意識を失ってしまっていた。


 気がつくと心地よい風が顔に当たって気持ちいい。

 そして、頭が凄く柔らかな感触に包まれている。


「えっ?」

「あっ、起きましたか?」


 気づいた俺の目の前に二つのボールが乗っている。

 いや、ボールの向こうから、スミレさんの声が聞こえる。

 


「すいません」


 私は起きあがろうとする。


「ふふ、大丈夫ですよ。ゆっくりしてください」


 肩に手を置かれて俺を寝かしつける。

 反対の手ではうちわで仰いでくれていた。

 どうやら俺は彼女に膝枕をされていたらしい。

 大きな胸で顔が見えないけれど、柔らかい太ももの感触で体が熱くなる。


「体調が良くなったように感じるかもしれませんが、これまでの疲れも出ているようで、熱がまた上がったようです。無理してはいけませんよ」


 先ほど感じた元気だと思う感覚は、熱によってハイになっていたようだ。


 またスミレさんにお世話になってしまった。

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