第5話 養われてしまう
朝起きてからの流れがスムーズすぎてされるがままになってしまっていた。
口にしたお粥の味が素朴ながらに美味しくて、こんなにも美味しいと感じるのは、久しぶりなことに涙が流れた。
「どっ、どうしました? 熱かったですか? すいません!」
「ちっ、違うんだ」
「それなら左腕が痛みますか? 食事を食べたら痛み止めを飲んでくださいね!」
心から心配してくれているのが伝わってくる。
優しくて暖かい。
こんな状況は、ここ数年味わったことがない感覚で、不思議だが懐かしさを感じてしまう。
彼女の方が年下で、懐かしさを感じるなんておかしな話だ。
涙が出たのも、母親が作ってくれた味に似ているような気がしたんだ。
お粥の味なんて、誰が作っても違いがないのかもしれない。
だが、自分では作ったことのない俺としては塩味が妙に美味しかった。
「ありがとう、ごめんな。なんだか懐かしさを感じて、君の方が年下なのに懐かしさなんて変だけど。嬉しかったんだ。お粥。美味しいよ」
なんとか言葉にすることができた。
気恥ずかしさを覚えるが、彼女には感謝を伝えたい。
すると、彼女から手を握られた。
驚いて顔を上げると、どこか縋るような目していた。
頼れる存在を目の前にして、希望を見たような瞳だ。
「あの時、ヨウイチさんが来てくれなければ、私の人生は大変なトラウマを抱えていたと思います。これは大袈裟なことではなくて、本当にありがとうございました」
改めてお礼を言われると少しばかり照れ臭い。
カッコ良く現れて、颯爽と助けられるヒーローであったなら、もっと誇れたかもしれないけど。
俺は、負傷をして世話をされている。
仕事もクビになって、家もない。
カッコ悪いことばかりだ。
「いや、君を助けたことで、俺自身も君に助けてもらったような気がするよ。ありがとう」
互いにお礼を言い合って恥ずかしくなってしまう。
それを誤魔化すためにスプーンを掴んでお粥を食べた。
やっぱり美味い。
卵焼きは塩がきいていて、甘いと思っていたから予想を裏切られた。だけど、凄く美味しい。
「美味い」
「よかったです。卵焼きって、甘いのが多いですから、そっちの方が好きだったらどうしようって思ってました」
ハニカム笑顔が眩しい。
料理上手で、若くて美人で、これからたくさんの恋をしていくんだろう。
彼女の彼氏になれるやつが羨ましいよ。
「あっ、ヨウイチさんは、お仕事を辞められたんですよね?」
クビになったとハッキリ言わないのは、彼女なりの優しさなんだろう。
笑うしかないが、そのせいで家も借りられない。
すでに話したので、隠しても仕方ない。
「クビだけど、辞めたと言えば辞めたね」
「なら、お仕事に行かなくても良いということですよね?」
まるで念押しされるような勢いに頷いてしまう。
「ふふふ、よかった。お怪我をされていて仕事に行かせるなんて心配だったんです」
なるほど、俺のことを心配してくれていたのか。
なんだか誰かに心配されるって嬉しいような恥ずかしいもんだな。
「スミレさんは大学に行かなくてもいいの?」
「はい。問題ありません。二年生の単位はほとんど取れているので、焦って授業に出ないといけないものはありません」
彼女が大学二年生であることを知った。
「えっと、なら今は二十歳?」
「はい。今年二十歳になりました」
「そっ、そうか。俺は今年で三十二なんだ」
いきなり気まずい。
一回りも年下の美人な女の子と一緒にいる空間が、急にハードルが高くなって気後れしてしまう。
美術大学を出てから、7、8年は伊地知のところで、ずっとアシスタントをしていた。
世間との繋がりが何もなくて、最近の流行りもわからない。
編集関係の人には顔見知りはできたけど、 TeXdockすらわからない。
newtubeを見るのが趣味だったけど、見るものなんていつも同じような番組ばかりだったから、世間のニュースなんて見てない。
話題が思いつかなくて固まってしまう。
「ふふふ。丁度一周違いなんですね。同じ干支だから嬉しいな」
若い子が干支の話? そんな話題でもいいの?
「そうだ。何か必要な物はありますか?」
「えっ?」
「仕事にも行かなくてもよくて、帰る家もないなら、しばらくは家にいてくれますよね。なら、住むために必要な物を買ってこようと思うんです。昨日は簡易の歯ブラシを使ってもらいましたが、歯ブラシとかお箸とか、着替えも入りますよね?」
えっと、どうして俺は彼女と一緒に暮らすことになっているんだろうか? それはちょっとヤバいと思う。
一宿一飯の恩義ぐらいならば、ありがたく受けられた。だが、数日も一緒に過ごすことなるとは考えていない。
彼女ほどの美貌の持ち主と一緒にいたら、俺の理性が持たない。
今だって、エプロンを突き上げる二つの豊満な双丘に視線を向けないように必死になっている。
これ以上一緒にいて耐えられるのか不安でしかない。
「いや、流石にそれは」
「ダメです」
「えっ?」
「ダメです! ちゃんと左腕が治るまでは私にお世話をさせてください」
あっ、ああ、そういうことか。
使命感的な?
左腕は確かに今も痛みを発している。
それに昨日の今日で体も重い。
甘えてもいいのだろうか? だけど、このままズルズルいくのは男として、理性が保てない。
「えっと、わかった。なら左腕が治って、包帯が取れるまでは厄介になる。そこを区切りにしよう」
「む〜、区切りなんていらないのに」
可愛い顔で頬を膨らませないでほしい。
左腕が動けるようになったら、俺の理性が保てないんだよ。
「わかりました。とにかく必要な物を教えてください。買い物に行ってきますから。それと、昨日の服は洗濯しておきました。シャツはナイフのせいで穴が空いてしまったので、血もついていたし捨てさせてもらいました」
「あ〜、色々とありがとう。なら、同じようなシャツとズボンを頼もうかな。お金は」
あっ! 俺はATMに行く前だったことを思い出して、財布の中を見る。
財布には千円だけしか入っていなかった。
情けなさと寂しさを噛み締める。
「ふふふ、いいですよ。私が出しておきますから」
「いや、それは悪い! お金はあるんだ!」
「私がしたいんです!」
彼女は手早く朝食の片付けをして、飛び出していってしまった。
「いやいやいや! せめて、コンビニに」
自分が冴えないジャージ姿であることを思い出して、急に恥ずかしくなった。
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