第4話 ヒモ生活が始まった。
お風呂に入れてもらって、背中と髪をタオルで拭いてもらった。
大事なところは自分で拭くと言って脱衣所から出てもらって、なんとか服を着た。リュックに着替えを持ち歩いていてよかった。
「お風呂、ありがとうございました」
「はい。何か飲まれますか? すみません。お酒はないんですが、お茶か、コーヒーか、水だけで」
「いえ、お水だけ頂いてもいいですか?」
お風呂に入ったことで、腕の痛みがぶり返してきた。
薬を飲みたい。
「あっ、そういえば病院の費用」
「払っておきました。お薬ももらっています」
「えっ? そうだったんですか? ありがとうございます」
「いえ、私の方こそ助けていただいたので、これぐらいは当然です」
いや、年下の女性に払ってもらって申し訳ない。
「あの、薬を飲みたいんですがいただけますか?」
「こちらです。痛み止めと胃薬です。それと痛みで寝れないかもしれないと言うことで、睡眠薬をもらってます」
「ありがとうございます」
彼女に水と薬をもらって飲み干した。
刺された傷のせいで、身体が熱い。
熱が出てきてしんどい。
「あの、ソファーで寝かせてもらっていいですか?」
「そんな! ソファーなんて悪いです。ベッドで寝てください!」
「えっ、いや! それは流石に悪いです」
「いいですから! 寝てください!」
俺は強引に背中を押されて、ベッドに寝かされる。
あまりに抵抗していると、彼女と一緒にベッドに倒れ込みそうだったので、素直に従うことにした。
ベッドに入るとスミレさんの匂いがして、いい匂いにドキドキしてしまう。
だが、熱と睡眠薬のおかげなのか、すぐに眠気がやってきた。
♢
《side瀬羽菫》
ヨウイチさんが私のベッドに入って寝息を立て始めた。
傷の影響で相当に体調が悪そうだった。
顔色は青白くなり、意識も朦朧としていた。
「ふふふ、しんどいのにヨウイチさんは紳士だったなぁ〜」
ヨウイチさんは、私が脱ぎ出すと少しだけエッチな目を向けた。
だけど、すぐに視線を逸らして、お風呂は自分で入ると頑なに断っていた。
私も意地になってお世話をすると言いたかったが、年上の男性が私を気遣って接してくれる態度を無碍にしてはいけないと思いました。
だけど、その姿すら可愛く見えてしまう。
「私もお風呂に入ってしまおう」
大勢の男性から視線を浴びる私の身体は魅力的なんだと知っています。
今までは同級生の男子に揶揄われて嫌な思いをしてきました。
年上の男性からも、そういう視線を感じることも多かったです。
その一つ一つを嫌だと思っていたわけではありませんが、良い気分になったことはありません。
ですが、恥ずかしそうに私の身体を見たヨウイチさんの視線は嫌じゃない。
むしろ、もっと見てほしかった。
だから、水着を着てお風呂に突入すると恥ずかしそうにしていた。
「ふふふ、ヨウイチさんが入ったお風呂」
いつも入っているお風呂に男性が入った。
それも私を守ってくれたヨウイチさんの残り湯。
自然にお湯を掬い上げていた。
全身に電流が走ったような衝撃が走り、ヨウイチさんと一つになったような気がする。
お風呂から上がると、私はヨウイチさんが口をつけたコップで水を飲む。
間接キス。
胸や、お尻は事故に見せかけて触ってくる気持ち悪い男子はいた。
だけど、唇だけは誰にも許したことはない。
ストーカーともキスはしていない。
パジャマに着替えて、眠るヨウイチさんの右側に眠る。
睡眠薬を飲んでいるからか、ヨウイチさんは全然起きる気配がない。
「おやすみなさい。ヨウイチさん」
私は我慢ができなくて、ヨウイチさんの右腕に抱きついた。
男の人に身体を触れられることは嫌悪感だと思っていたのに、ヨウイチさんの腕を抱きしめて当たっている部分が熱い。
「ハァハァハァ。なんだろう。凄くいい。安心する。それに気持ちいい」
ヨウイチさんの腕を、胸と太ももで挟んだ。
九十を超えて大きくなった豊満な胸に太い腕が挟まれる。
痺れるような快感と気持ちよさで私は初めて感じる幸福感を覚えた。
「……すぅ……すぅ」
ヨウイチさんの寝息が聞こえてくる。
イビキでもいいのに、ヨウイチさんは穏やかで静かな声で眠る。
「すぅすぅすぅ」
ヨウイチさんの匂いを嗅いでみる。
どうしようもなく安心する匂い。
「アハっ、これがヨウイチさんの匂いなんだ」
初めて嗅いだはずなのに凄く好き。
お風呂に入りたてで、同じシャンプーを使っているのに、私とは違う匂い。
いつの間にか私は幸せでヨウイチさんに抱きついたまま眠ってしまった。
♢
《side紐田陽一》
いつもは仕事の時間が迫ると叩き起こされて、落ち着いて眠ることなんてできなかった。
だから、俺はほとんどが飛び起きるように目を覚ます。
「はっ!」
目が覚めると同時に身体を起こすと、左腕から感じる激痛で自分の状況を思い出した。
「そういえば」
辺りを見渡して、フカフカなベッドに自分の部屋では嗅いだことがない良い匂い。いつもはインクとシンナーのような匂いに包まれていたが、今日は花の香りのような柔らかな甘い匂いに包まれていた。
「あっ! 起きましたか?」
そう言って寝室の扉が開かれて、エプロン姿の美女に声をかけられる。
エプロンを持ち上げる胸元。リボンによって引き締まった腰。
スカートから見える肉感がありながらも細い足元。
「ふぇっ!」
「ふふ、寝癖が凄いですよ。先に顔を洗いにいきましょう」
右手を握られて立ち上がらされる。
洗面台にやってくると濡れたタオルで顔を優しく拭いてくれる。
「歯ブラシは買ってきますので、今日はこれを使ってください」
ホテルなどにあるアメニティーグッズの使い捨て歯ブラシを渡される。
歯磨き粉をつけてくれて、至れり尽せりだ。
「あっ、ありがとう」
「うがいのコップはここにおきますね。終わったらリビングに来てください」
「あっああ」
何から何までしてもらって、唖然としながらリビングに向かうと朝食が用意されていた。
「すみません。嫌いな物はないですか? 昨晩は夕食を取る前に眠ってしまったので、お腹に優しい物を作りました」
お粥と卵焼きが食卓に並んでいた。
お粥なんて両親が死んでから食べてない。
いや、風邪を引いて体調を崩してお粥を作ってもらったのも何年前かわからない。
「もっと濃い物が良かったかもしれませんが」
「いや、ありがとう」
誰かに作ってもらって文句なんて言うはずがない。
「いっ、いただきます」
「はい。あっ、熱いですよね。フーフーしますね」
そう言って本当にスプーンど救ってフーフーしてくれる。
そのしぐさが可愛くてドキドキしてしまう。
「はい。あーん」
「あっ、あーん」
ちょうど良い暖かさで口に入れてもらって美味しい。
もう何から何までやられすぎて抵抗する気力が湧いてこない。
そして、美味しいお粥に自然に涙が溢れ出した。
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