第21話
病室を出てすぐにゴリ豚を追いかけるが奴は既にいなかった。
エレベーターを使ってエントランスへと向かう。
エレベーターを降りると奴が病院を出て行くのが見えた。
追いかけて俺も外に出る。
「寒っ!」
入院着のまま出てきたので深夜の冷風が俺を凍させる。
というか下半身丸出しで出てきてしまった。
一応、携帯等必要と思われるものは持ってきた。
寒がっているうちにゴリ豚が病院前に停車していた車に乗り込んで移動してしまった。
後部座席に乗り込んでいたので運転手はまた奴のチンポで堕とした女か性犯罪者仲間だろう。
くそ、奴はどこに向かったんだ?
取り敢えず俺は警察に電話を掛ける。
「はい、警察です。事件ですか事故ですか」
「脱獄犯がいました!」
「それは、本当ですか?その名前と場所は分かりますか?」
「場所は種産総合病院前で車に乗り込んでいるのが見えました。車の特徴は…」
奴は犯罪者だ。
なら警察の手を借りることが出来る。
俺は車の特徴を伝えてそれを警察に捕まえて貰えば良い。
「分かりました。それで、その脱獄犯の名前は?」
「ゴリ豚です!」
「………は?」
名前を聞かれたので答えると電話越しの警察の反応が悪くなった。
「あの、もう一度…」
「だからゴリ豚ですって!」
「………イタズラですか?」
まずい、何か知らんが悪戯電話だと思われている。
「いや、違いますって!ゴリ豚ですよ。調べてください!」
「………データベースを調べましたが一致する人物はいませんね。勘違いか何かでしょう。それでは」
「あっ、ちょっと待っ…」
ツー、ツー、ツー
電話が切られる。
クソが!
税金泥棒め!
何がいけなかったんだ?
取り敢えず警察に頼ることを諦めた俺は美咲に電話を掛ける。
出ない。
次は両親に電話を掛ける。
出ない。
こんな時間だ。
皆、寝ているのだろう。
次に魅李に電話を掛ける。
どうせ出ないだろうという俺の予想とは裏腹に魅李は電話に出てくれた。
「縁助くん、どうしたのこんな時間に?」
「魅李ちゃん!良かった!起きてたんだ!」
「う、うん。なんか今日眠れなくて。」
「取り敢えず今日は何があっても絶対に外に出ないで!」
「え、もともと外出する気はなかったけど…、うん分かった。」
待てよ、そうだ。
そもそも魅李がこんな時間に出掛けるとは考えにくい。
ゴリ豚はどうやって彼女を襲う気なんだ?
果たして家に引き篭もることが最適解なのか。
情報が、情報が足りない。
ゴリ豚は何をする気なんだ。
奴にとっての予想外は俺が看護師達から逃げ出していることだけだ。
俺が的確に動けなければ奴を止めることは出来ない。
「縁助くん、どうしたの?何かあったの?」
「いや、ごめんごめん。気にしなくて…」
疑問を問いかけてきた魅李に俺はいつものように適当に誤魔化さそうとして途中で止まる。
今日、俺は魅李の事を対等に見ると誓ったはずだ。
しかし、あのゴリ豚の事を彼女に伝えることはトラウマを刺激するのではないか。
俺が1人で解決した方が丸く収まるのではないか。
いや、今は俺1人でどうにか出来るかも分からないんだ。
これは悪手となるかもしれない。
しかし俺は彼女に情報を共有することにした。
「魅李ちゃん、実はゴリ豚が俺の病室にさっきまで来てた。」
「ゴリ豚…?もしかして鬼頭の事!?」
鬼頭。
一瞬誰の事か分からなかったがゴリ豚の本名である事を思い出した。
そうだった、ゴリ豚は俺が名付けたあだ名だった。
「あいつ、魅李ちゃんや璃々達の家に行くって言ってた。だから家を出ないように言おうとしたんだけど…」
「縁助くんは大丈夫なの?」
「うん、俺は何とか。」
フルチンになってしまったがな。
「とにかくあいつは魅李ちゃん達を襲おうとしてる。こんな時間だ。あいつも皆が家にいることは想定しているはずだ。だからもしかしたら家にいるのも危ないのかもしれない。」
「…ありがとう、縁助くん。私に話してくれて。私、今度こそあいつを乗り越えてみせる。」
「魅李ちゃん…、それは違うよ。」
魅李はまるでゴリ豚と対峙する事を過去の自分を乗り越えるための試練のように話している。
しかし、ゴリ豚は彼女の成長のための試練じゃない。
あいつはただの下衆な人間だ。
彼女が成長するための重要なファクターじゃない。
彼女の過去にも未来にも本来なら奴は必要ないんだ。
だから本当は俺だけでどうにかしたかった。
「魅李ちゃん、今はただ自分が安全に奴から逃れる事だけ考えてほしい。」
「…うん。そうだよね、分かった。取り敢えず両親に話してみるよ」
そうか。何も俺たち子供だけで奴に対処する必要はない。
「うん!そうして!あ、後魅李ちゃんのお父さん、お母さんに警察に通報するように言ってくれないかな。さっき俺も電話したんだけど何故かイタズラと思われて取り合ってもらえなくて…」
「分かった!話してみるよ。…鬼頭は璃々の所にも行くって言ってたんだよね?」
「うん、後俺の家にもね。」
「縁助くん、純一にも来てもらうし、こっちは心配しないでそっちに行ってあげて!特に璃々は一人暮らしなんでしょ?」
「分かった…、まあでも璃々はもしかしたら1番安全かも」
「えっ…?そうなの?」
俺は彼女とハンズフリーで電話をしながらメッセージアプリで愛陰会のグループチャットにメッセージを投下していた。
【璃々の家にこれから不審者が向かう。各員配置について彼女を守れ。】
既にそのメッセージには既読が30件ほどついていた。
そして俺のメッセージの下には構成員達の頼もしい言葉が連なっていた。
【御意。15分で配置に着きます。】
【私は5分で着きます。】
【なんなら俺は既にいます。】
冗談のような内容だがこいつら全員ガチである。
おそらく璃々の事じゃなければこんなド深夜に元締めの俺の命令とはいえ言うことを聞く奴はいない。
ひとえに彼女の人気のおかげである。
璃々との関係がこいつらにバレたら俺は2度と朝日を浴びることはないだろう。
「取り敢えず俺は自分の家に向かうね。」
「うん、気をつけてね。縁助くん。」
警察が動く。
愛陰会で守りを固める。
魅李は家族や純一達と一緒にする。
ほぼ完璧だろう。
しかし俺はまだそこはかとない不安を感じていた。
振り払えない嫌な予感を胸に俺は周囲を見る。
「さて、………ズボンどうしようかな。」
寒さのせいですっかり縮こまってしまった俺のマイサンのままあのチンコ狂信者の所に戻る事はできない。
最初から前途多難である。
ーーーーーーーーー
〈魅李視点〉
「安心しなさい魅李。ママが今度こそ絶対に守るから!」
「うん、ありがとう。でも取り敢えず包丁を持ってうろうろするのはやめて。」
縁助君との通話を終えた私はすぐに両親を起こして事情を説明した。
お父さんは警察に電話をしてその後すぐに隣の純一の家に向かった。
お母さんは先程からずっと包丁片手にリビングで私の周囲をうろちょろしている。
「魅李!」
「純一!、それとおばさん、おじさん!」
すぐに純一はお父さんと彼の両親を伴ってやってきた。
純一は私の方へ小走りで駆け寄ってくる。
「縁助からも聞いた。あの野郎が来るんだって?」
「うん、ごめんね。こんな時間に」
「気にすんなよ!むしろ言ってくれなかったら怒るわ!あの野郎は今度こそ俺がぶっ飛ばしてやる」
純一は闘志マシマシの顔でそう宣言する。
そこで私は先程縁助君との会話で私が似たような事を言って否定されたのを思い出した。
鬼頭はただの醜悪な犯罪者だ。
あいつが過去私達に残していった傷。
それにどう向き合うにしろ鬼頭の存在は私達には必要ない。
私には両親や純一。…そして縁助君。
大切な人達が周りにいて私の事を思ってくれる人達がいるのだから。
純一も別に過去の後悔のために鬼頭と戦うことは必要な事じゃない。
彼はそんな事せずとも強い人間だからだ。
そういう事なんだね。
縁助君。
「純一、そんな気張る必要はないよ。警察が家まで保護しに来てくれるから。それまでここで待ってれば良いだけだよ。」
「うえ?ん、お、おう。なんか冷静だな魅李。」
私は気持ちを切り替えて穏やかな顔で純一を諭す。
そうだ。
鬼頭の様な犯罪者は淡々と排除するだけで良い。
特別な感情は必要ない。
警察は鬼頭の事をお父さんが伝えるとすぐにこちらに人を寄越すと言ってくれた。
奴も警察に保護された人間を襲う真似なんて出来ないはずだ。
何しろ奴は脱獄犯でもあるわけだし。
何かしら真剣な顔で話し合っていた私達の親も私の落ち着いた様子を見て少し緊張をほぐしてくれた。
ピンポーン。
しかし玄関の呼び出し音によって部屋の中にまた緊張が走る。
「僕が行く…、待ってて下さい。」
お父さんがそういうと玄関まで向かっていく。
そして女性警官を伴って戻ってきた。
部屋の中の緊張が緩和する。
「遅くなりました。本場と申します。」
彼女はそう言って警察手帳を見せてくれた。
縁助君は時々警察の事を鬱陶しそうに語るがやはりこういった時にもたらす彼らの安心感は何物にも代えがたい。
「とにかく娘を警察署で守ってください。」
「はい、…ただすみません。こんなにいると思わなくて…車両が2台しか来てません。4人だけ来ていただけますか?」
「そういう事なら中里さん達と…私が行きましょう。」
「いや、親父。俺がいく。」
付き添いは車の関係で私を除いて3人だけの様だ。
両親と純一がついてきてくれることとなった。
取り敢えず私は警察のお世話になって縁助君が心配しないようにしよう。
お母さんに付き添われて外へと向かう。
「あの、この近くに中田璃々って女の子が住んでるんです。彼女もターゲットにされていて、彼女も保護してくれませんか?」
「大丈夫です。既に向かわせてます。」
璃々の事を伝えると警察官の本場さんから頼もしい言葉が返ってくる。
良かった。これで安心だ。
そうだ、縁助君の家族についても言わないと。
私は本場さんに誘導されて駐車していたパトカーの後部座席にお母さんと一緒に乗り込む。
「あの、それと猿渡さんっていう…」
「猿渡がどうかしたかぁ?魅李ぃ?」
私の時間が一瞬止まる。
私が乗ったパトカーの助手席に誰かが乗っている。
過去の消えない記憶がフラッシュバックする。
意識が中学3年のあの頃へと一瞬飛ぶ。
「濡れてるじゃないか。この年でそんな淫売で先生は悲しいぞぉ~。安心しろ教師として責任はとってやるから♡」
「お前に言った、彼女が万引きしたってあれな………嘘だったんだよ。」
「安心しろ、先生は優しいからな淫乱なお前を後輩と一緒に中学校を卒業した後も面倒見てやるから。飽きるまでな。はははははは」
鬼頭。
なんでパトカーに。
「ん、どうした?そんなに驚いて。あいつがどうやって連絡取ったかは知らんが猿渡から聞いてたんだろ?俺が行くって?」
「あ、あなた!なんで!」
「ん、おお。お母さん。三者面談ぶりですかね。ぐっひゃひゃ。今日はあの時よりもみっちり話し合いましょうか?」
同じく困惑しているお母さん。
私はさっきの本場さんの事を思い出す。
見た事もないけど警察手帳は偽物に見えなかった。
そしてパトカーもいつも街中で見かける本物にしか見えなかった。
本場さんが運転席へと乗った。
「ご主人様!ご命令通り被疑者を2人確保致しました!」
「ぐっひゃひゃ、よくやった。ほれ褒美だ。」
そして鬼頭と親しげに会話すると目の前で濃厚なキスをしだした。
私はドアを開けようとする。
強く体当たりするように開けようとするが開かない。
母親も反対側で同じように試すが開かない様子だった。
「んーん、うむぅ?何やってるんだ?犯罪者を乗せる車の後部座席が開けられる訳ないだろ?もしかして偽物だと思ってるのか?ぐっひゃひゃ」
鬼頭は私たちを嘲るように見下してみせる。
「良かったなぁ。今度はお前の無い頭でも警察に頼るという正しい選択が出来て。安心しろ、ちゃんと璃々とあいつの家族の元にも警察が向かってくれているから。」
そして、醜悪に顔を歪ませて笑う。
「正義と俺のちんぽの味方のメス豚警察共が、な。げっひゃひゃ」
私達はあの頃と比べて成長した。
それは縁助君も認めてくれた通りだ。
だが、残酷な事にそれはこのゲスにとっても同じ事だったようだ。
現実はドラマの世界と違い嫌になるぐらい平等だった。
鬼頭。
この男は私の安心感の拠り所だった警察を掌握しているようだった。
私はそれに気づいた時何よりも真っ先に縁助君の事を思った。
縁助君はきっと警察が相手でも立ち向かうだろう。
てもそれはなんて絶望的な話なのだろう。
「まあ、暫く寝てるといい。」
ゴリ豚はスプレーを私達に噴射した。
神様。
縁助君を守ってください。
私は薄れゆく意識の中で神に祈った。
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