第18話

勢いのまま飛び出した俺だが携帯財布等を置いてきてしまった。

何となくでカフェの方向を目指しているが大丈夫だろうか。


「先ぱぁい!何やってるんですかぁ〜!早く病院に戻ってください!」


追いかけてきている璃々の声が後ろから聞こえる。


璃々は俺の身体を当たり前だがかなり心配している様で涙声だった。

だが俺の調子はすこぶる好調だった

生きてきてこんなにハイな気分になったのは前世も含めて初めてだ。

さすが女とキメセクをする事がライフワークの薬蔵印の媚薬。

良い仕事をしている。


何となくで走って向かっていたがようやく見慣れた景色が出ててくる。

ここからあのカフェに向かうならこの裏路地を通った方が早い。


俺はショートカットのために裏路地に入り込む。


「先輩、はぁ、ふぅ、待ってくだ、さい」


璃々は根性深くここまで着いてきてくれた様だ。

ここから向かう場所は危険かもしれないので

璃々には待っていて欲しいが説得は難しそうだ。


「璃々、これから俺は魅李ちゃんのバイトしているカフェに乗り込むぜ!」

「いや、本当に、先輩何をする気なんですか。なんかテンション高いし…」


早歩きで裏路地の中を突っ切り大通りが目の前に見えてくる。

ここを抜ければカフェまで直ぐだ。


しかし、路地の出口に何ものかが立ち塞がってきた。

その男は痩せており神経質そうな見た目でインテリの様なメガネを付けていた。

どこか見覚えがある。

だが今はこんな奴に構っている暇はない。


「なんだお前?邪魔だボケ!」

「ちょっと先輩!…すみません。この人、今頭が変なんです。」

「くっくっく」


邪魔者を恫喝してどかせようとする俺をたしなめる璃々。

その様子を見て馬鹿にする様に怪しげに含み笑いする男。

なんだこいつは。

俺はこいつをどこかで見た事がある。


「本当に来るとはねぇ…。さすがはあの方だ。カフェの近くで張ってた甲斐があったというものです。くっくっく」


ファンタジー小説の三下の様なセリフを吐く不審者。

こんなやつに構っている暇はないのに何で今日に限ってこんな奴に遭遇するんだ。


「どうでも良いからどけ!ぶっ殺すぞ!」

「せ、先輩なんかこの人変ですよ…」


相手の異様な様子に今度は璃々は俺のことを心配する。


「どくわけないでしょう。ようやくあなたに復讐するチャンスがきたというのに…」

「復讐…?お前なんて知らねぇよ!」

「ふふふ、思い出せないんですか?悲しいですねぇ…。私はあの日からあなたの事を1日だって忘れた事はないのに!」


そう叫ぶと不審者は俺に襲いかかってくる。

俺は反射的に右手のストレートで繰り出す。

しかし俺の攻撃は空振った。


だが男は男で俺に対して殴ろうとしたわけではなかった。


「んー、大したものを持ってないみたいですねぇ〜。」

「お前何を………それは!」


奴の手の中にはいつのまにか鍵があった。

薬蔵からパクった電動チャリの鍵だ。

本体は不慮の過失で焼失してしまったがせめて鍵だけは返してやろうとポケットの中に突っ込んでいたのだ。

それをこいつは俺に気づかれる事なく抜き取った。

この神業の様なスリのテクニック。

こいつまさか。


「何を驚いているんです。こんな児戯、私にとってはモーニングティー前ですよ。ゴッドハンドと呼ばれるこの私には、ね?」

「お前…あの痴漢野郎か!」


俺はようやくこいつが何者か思い出した。

こいつは去年俺が捕まえて豚箱にぶち込んだ寝取られゲームの痴漢系間男だ。

寝取られゲームの王道シチュエーションを担うこいつを俺は早々に排除することに決めて狙い通り捕まえることができた。

まだその時から1年も経ってないがもう豚箱から戻ってきやがったのか?


「貴方に復讐するために出てきたんですよ。私の邪魔をしたあなたにねぇ…!」


脱獄犯って事か?

凶悪犯罪者じゃねぇか。

というか痴漢に脱獄されるってこの国はどうなってるんだ。


「痴漢野郎が逆恨みしてんじゃねぇぞ!」


時間がとにかくなかった俺は前蹴りをしてさっさと障害物を排除しようとするが当然の様に避けられる。


「まあまあ、落ち着いてくださいよ。まだ私の話は始まったばかりですよ。」


そう落ち着き払った風を装ったそいつは俺の肩を優しく触る。

そして触られると同時に薬で痛みの感覚がなくなった俺だったが不快感が生じた。

奴に触られた肩を見る。

肩が外されていた。


「ぐぅおおおおおおお!!」

「先輩!」

「くっくっく。こんなものじゃすみませんよ。私は何人もの女をこの手で堕としてきた。あの女で記念すべき100人目となるはずだったのに…あなたの様なクソガキに邪魔されたせいで!」


肩を押さえて奴から離れる。

璃々が俺の身体を支えてくれる。

ゴッドハンドはそれをニヤニヤとした様子で眺める。


「くっく。その牝はあなたの女ですか?じっくり堕とすのが私の趣味なんですがねぇ…。その女をあなたの目の前で私の性奴隷にするのも一興ですかねぇ。」

「り、璃々に手を出すんじゃねぇ…」

「彼女を私の100人目のコレクションとしますか。」


悍ましく笑いながらこちらに近づいてくるゴッドハンド。

それに対する璃々は俺から手を離すとむしろ奴の前に俺を守る様に立ち塞がった。


「先輩には手出させない!」

「ええ、ええ。良いでしょうとも。私が手を出さすのは貴方ですよぉ!」

「璃々!」


両手を変幻自在に動かし璃々に突っ込んでいく痴漢野郎。

それに璃々は大振りに拳を振りかぶった。

まずい、璃々は俺の妹と違い格闘技の経験なんてない。

急いで割って入ろうとするがどう考えても間に合わない。


「ぐぅああああ!」


だが俺の悪い想像とは裏腹に苦悶の声を上げたのは痴漢の方だった。

璃々は振りかぶった拳とは逆の手からスプレーを噴射していた。

それは俺が渡した撃退用スプレーだ。


「流石だぜ!璃々!」


俺は入れ替わる様に璃々の前に出ると目をつぶされてふらふらとなったそいつの側頭部にハイキックを当てる。

鈍い音が路地に響き痴漢は意識を失って沈黙した。


「よしっ!良くやった璃々!」

「愛陰会の元締め補佐を舐めんなって話ですよ!正面から行くなんて先輩らしくないです!」


俺は愛陰会らしく倒れて無抵抗になった痴漢野郎に追撃で顔を蹴り上げる。

よし、制裁完了。

後で警察に引き渡そう。

余計なイベントが挟まったが璃々のおかげでカフェへとやっと行ける。


しかし今度は璃々が俺に抱きついて動きを止めてきた。


「璃々!甘えるのは後にしてくれ!」

「いやいや先輩!病院に戻ろうって話ですよ!先輩刺されてるの忘れてるんですか!」

「大丈夫だ!詳しい話は省くが俺はさっきの薬のおかげで完全に回復した!」

「ゲームじゃないんだから飲み薬で外傷が治るわけないでしょ!」


無茶苦茶言う俺に対して璃々は敬語すら使わずに俺を引き留めてくる。

仕方がないので璃々をストラップみたいに付けたまま裏路地を出る。


「先輩!良いから早く戻りましょうよお〜!本当に死んだらどうするんですかぁ!肩も外れてるのに!」

「だから何度言わせるんだ!もう痛くねぇんだよ!むしろ気持ちいいぐらいだ!それにほら肩も………この通り。」

「うわああ!無理矢理入れないでください!もう本当に大人しく言う事を聞いてください!後、先輩が飲んだ薬絶対やばい奴ですって!」


大通りで騒ぐ俺達は周りの注目を大変集めたが俺も璃々もお互いに周囲を一切気にしないでいた。

璃々の気持ちは大変良く分かるがここがこの寝取られゲームの分水嶺かもしれないのだ。

無理をしてでも介入をしなければならない。


璃々をひきづりながらもようやくカフェが見えてきた。

遠くからでもその店はカーテンを閉められて中の様子が伺えなくなってるのが分かる。

やはり何かがあの中で起きているのだ。


「もどって、くだ、さいぃぃぃ〜」

「も、ど、らんんんんん!」

「貴様、猿渡!」

「あぁん!?」


璃々と押し問答をしながら一歩一歩カフェへと向かう中俺の名前を呼ぶ声がする。

もういい加減にしてくれ何度も何度も。

イベント続きで疲れてるんだよこっちは!

良い加減箸休め回が来てくれ!


「お前私の自転車はどうした!」

薬蔵てめぇかよ!」


見慣れた豚顔を俺はアッパーでぶん殴る。

顎を打ちぬかれ脳を揺らした薬蔵は道の真ん中でぶっ倒れた。

何なんだ今日は!

この毒島を始めとした間男のボスラッシュは!


「せ、先輩?何で腹増先生を殴ったんですか…?」

「えっ?何でって…。」


璃々に引いた様子で問いかけられて言葉に詰まる。

良く考えたら薬蔵はまだ別に何もしてなかった。

流れ作業の様にぶっ倒してしまったがこいつは今日俺に自分の自転車を快く貸与してくれただけだ。


「………よし行くぞ!」

「あっ!先輩!」


璃々の拘束が緩んだ隙をついてカフェと向かう。

カフェの扉の前に着くが当然の様に鍵が閉まっている。

蹴りを一回、二回、三回。

まだ開かない。


「先輩。そんな動いたら傷が開いちゃう!」


止めようとする璃々の声を意図して聞かないフリをしながら蹴り続ける。


一度諦めた俺だが希望のニンジンを目の前にぶら下げられて俯いているほどお利口さんではない。


チャンスがあるなら純一、魅李。美咲、俺の家族達。璃々、愛陰会の仲間達。

俺を含めた全員を諦める事はしない。

目の前にある問題から目を逸らすことは出来ない。

人任せなど出来ない。

特に一個も俺の思い通りに動かない我が親友純一だけにはな。


何度目かの蹴りによって目の前のドアがぶち破られる。

暗い店内には下卑た雰囲気を全身から醸し出していゆ男達がつったていた。

そして視認性が悪かったが店内にひしめく男達の間から純一と魅李を見つけた。


まるでゲームの街の共有肉便器エンドのラストシーンの様な光景だ。


だが…


男達が魅李達に触ろうとしてるが彼らが抵抗をしているのが見えた。


口角が上がっていくのが分かる。


どう見ても寝取られゲームのエロシーンには見えない。


「やっぱ純一はどうしても信頼出来ねぇ!!掛かってこいカス共!」

「せ、先輩!病院に戻ってください!」


目の前に希望と薬によってハイになった俺は近くにあった椅子を振り回して暴れ始める。


「縁助!?お前大人しくしてろよ!マジで死ぬぞ!」

「え、縁助くん!?どうしてここに?」

「な、なんだこいつは?」


俺が死ぬ?俺が死ぬのはお前が女を寝取られた時だけだ!

突然の乱入者に純一達含め店内の人間は驚愕している。


「安心しろ。俺は死なねぇ。一緒に魅李ちゃんを助けるぞ純一!」


取り敢えず近くにいる男に椅子を頭から叩きつける。

木製の椅子は構造が壊れて持ち手にしていた足以外が崩れ落ちる。


そのまま足を棍棒の様に振り回してまだ状況が把握できていない男共をしばいていく。


「マスター、なんなんだこれは!ようやく魅李ちゃんの調教パーティをするというから来たのに!何の冗談だね!」

「わ、私も何が何だが…と、取り敢えず彼らを何とか大人しくさせないと」


奥の方で馬鹿みたいに肩を出した制服を着た髭のおっさんとハゲが揉めていた。

奴らは店内にいる人間に指示を出しようやく正気に戻った男達が俺たちの確保に動き出す。


「人数はこっちの方が多いんだ!早く捕まえよう!」

「死ねやボケェ!」

「ぐへぇ!」


こっちに向かってくる男達の頭に足の椅子をフルスイングでぶつける。

俺が振り切ったタイミングで別の野郎が隙をついて押さえつけようとしてくる。

しかし無駄だ。


「璃々!」

「もぉ!本当にこれなんなんですかぁ〜!」


文句を言いつつもどこか楽しげな雰囲気なってきた璃々が俺の陰から顔を出してスプレーを撒き散らす。


「げあああ!」

「おらぁ!」

「がふっ!」


動きが止まった男達を俺はしばく。

璃々が妨害をして動きの止まった男達をしばく。

しばいてしばいてしばきまくる。


そして純一と魅李達とようやく合流出来た。


「縁助!」

「よぉ!2人とも大丈夫だったか?」

「それはこっちの台詞だ!お前腹の傷はどうしたんだよ!」

「縁助くんと璃々はどうしてここに?それに縁助くんなんかボロボロだけど…」

「いや、2人こそ、この状況なんなんですか?」

「てめぇらああああああああ!!」


それぞれが喋りたいことを喋ってしっちゃかめっちゃかになっている所にマスターと呼ばれていた男が怒鳴り声を上げて会話に割って入ってくる。


「好き勝手やってくれたな。1箇所に集まってくれて好都合だ。囲んでフクロにしてやる。」


周囲には男達が俺たちを囲うように立っていた。


「店長!すみません!純一と縁助君…。私の友人達は違うんです!邪魔しちゃってごめんなさい!でも彼らは帰してあげてください!」

「さっきから何言ってるんだ君は…?」


魅李が何やら説得しようとしたが失敗に終わった様だ。

ジリジリと円を縮めてくる男達。

俺は小声で3人に話しかける。


「もう少し耐えよう。増援が来るまで耐えれば俺達は助かる。純一。2人に暴力が積極的に振るわれるとは思わないが絶対に守るぞ。」

「お、おう!増援ってあの例の愛陰会って奴?」

「そんな所だ。」


璃々は俺たちの会話を聞いて不安気な顔を俺に見せる。

俺が誰かに連絡を取ってる様子がなかったからだろう。

彼女に微笑んで口元に人差し指を立てる。

そして問答をしている魅李を俺たちの後ろに下げさせた。

璃々と魅李をサンドする形で周囲を囲む男どもに相対する俺と純一。


「しかし、期待してなかったけどちゃんと魅李ちゃんを守れてたじゃねぇか。」

「期待してなかったは余計だっつの。それにお前が速攻来たからほぼ俺だけで何もやってなかったけどな。」

「まあまあ、じゃあ後もうちょっと頑張るか。」

「おう!」


男どもが俺たちへと殺到してくる。

どうせ絶対に誰かしらに殴られるんだ全回避は出来ない。

なので重そうな攻撃だけを回避する様にし俺も殴られながらひたすらに適当に相手を殴り続ける。


璃々達を捕まえようとする手が見える。


彼女達も催涙スプレーやスタンガンで抵抗をしている。


出来るだけ彼女達に被害が及ばない様に全身を使って防ぐ。


チラリと視界の端で見えた純一も同じ状態で既にかなり苦しい状況の様だった。


耐えろ、耐えてくれ純一。

おそらくもうすぐだ。


5分間ほど俺達はひたすらに暴力の嵐に晒され続けた。


「はあはあ」


俺も純一も限界が近かった。

体力も底をつきかけ、鼻血のせいで上手く呼吸が出来ない。

どこかしら折れてるんじゃないかと思うぐらい身体には動く度に激痛が走る。


純一も喋る余裕もなくなっていた。

魅李達は無傷なものの俺たちのそんな様子を見て涙目になっている。


そしてついに辛うじて保っていた均衡が崩れる。


「うらぁ!」

「…!」


璃々達の方に男が椅子を投げつけた。


咄嗟に直線上に身体を晒して椅子を受け止めるがそれよって硬直した身体に男どもから暴力を振るわれ身体を押さえつけられる。


「縁助っ!ぐぁ!」


純一もほぼ同時に床へと叩きつけられた。

く、くそ。

まだ来ないのか。


後ろから見てた変態みたいな格好をしている店長が下卑た笑みを浮かべて俺達を嘲笑する。


「手こずらせやがって…。てめぇらはそこでお前らの女どもがめちゃくちゃにされる所を見てな。今日だけで経験人数3桁にさせてやるよ。くっへへ。」

「店長!やめて!」


魅李達に下衆どもの魔の手が伸びる。

しかしそれは店内に侵入してきた新たな存在によって中断される。


「お前ら!何をやってる!」


複数人が店内に入ってくるやいなや怒声をあげる。


俺たちを押さえつけていた男達もその姿を見ると手をどけて後ろへと下がった。


純一と一緒に身体を起こす。


「き、来たんだな!愛陰会が!」

「いや…違う。」

「えっ?」


俺は顎で新たな乱入者を指して彼らの名前を言ってやる。


「あれは警察だ。」


まあそりゃ人の目が多い天下の往来で店の扉を蹴り壊す大騒ぎ起こしたら来るよね。


熱に浮かされてそんな常識すら見落としてた店長以下一同は俺が侵入してきた時点で既にほぼ積んでいた事にようやく気付いて大人しくなって肩を落とした。


ふぅ、大変だったが何にせよ何とか過去最大のピンチの今日を乗り越えられた。


しばらく休みたい、もの、だ。


薬の効果が切れたのか、俺は、急に身体が地面へと無抵抗に落ちる。


純一達3人が慌てて俺の方にくる気配を感じながら目を閉じた。


流石にもう寝よう。


疲れた。


今後の事後対応に頭を悩ませるのは起きた後の俺に任せよう。

じゃあグッナイ、だ。

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