第13話

早朝の茶番後。

その茶番の話は急速に学内で広がった。

俺が悪い意味であれ有名人の為だろう。


普段、俺の周りには誰も集まらない。

むしろ出来るだけ俺から距離を取る人間が殆どだ。

だがこの日の昼休み。

朝の話で俺の周りは盛り上がっていた。


「急に騒ぎ出すから俺もビビッてさぁ。」

「あの時のオカジの焦った顔ちょ~ウケたわ。」


先ほど俺を殴った岡島が朝の俺の動きを真似して笑いを取っていた。


「もう!縁助くん殴った事まだ怒ってるんだからね!岡島くん!」

「や、悪かったって!でも当てる気なかったんだよぉ~。なあ、わざと殴られたんだろ?猿渡からも言ってくれよ。」

「え?ああ、おう。」


魅李に怒られている岡島が必死に俺にしがみつく。

上手い返答が出来ない俺は適当に頷く。


「中々思いついても出来ないよねぇ。撃退する為にわざと殴られるなんて。」


隣の席の明菜がパン片手にこちらに話かけてくる。

彼女から俺に話しかけてくるなど同じクラスになってから一度もなかったのに。


「というか猿渡。なんか手慣れてなかった?」

「そう!縁助くんは女の子が困ってたら絶対助けるの!」


余り話している所を見た事がない魅李が明菜のその言葉に嬉しそうに彼女の肩を掴む。

明菜はそんな彼女に少し引いた感じでのけ反る。


「・・・セクハラ野郎ってのは変わらないけど。その、ごめんね。中里さん、あの時あんな事言っちゃって。私悪いところしか知らなかったからさ。」

「ううん、多田さんが分かってくれて嬉しいよ。その、セクハラも事情があっての物なんだけど・・・。」

「流石にセクハラの擁護は無理だって中里さん!」


岡島が魅李達の会話に割り込んでまた笑いをとっていた。

魅李はそれに歯痒そうな顔をしていたがそれ以上何も言わなかった。


俺もその光景を何も言わずに見ている。


面倒な事になった。

俺はクラスで悪い意味で目立っていた。

そしてセクハラ三昧の糞野郎と悪評が付き纏っていた俺に男も女も好んで関わってくる者はいなかった。

それは俺とばかりつるんでいた純一にも影響を及ぼした。

あいつは一切気にしていなかったが猿渡縁助の友達というレッテルはあいつから人を少なからず遠ざけていた。

しかし・・・。

俺は横目で純一の方を見る。


奴も俺の机周りにいた。

今は女子二人組と会話している。

明菜の様にザ・ギャルの様な見た目ではないが明るめの女の子達だ。


「佐藤くんと話すのって何気に初めてだよねぇ」

「え、そうだっけ?去年文化祭で同じ班の時話さなかった?」

「・・・えー、覚えてたんだ!絶対忘れてると思ってた!」

「早苗めっちゃ失礼!」


和気藹藹と話しているその姿を見て俺は危機感を覚える。

その二人は例によって美人だ。

ゲームの攻略キャラではない・・・と思う。

純一の顔を見る。当たり前だが奴も楽しそうに話している。

俺が奴に人を近づけない様にしていたのは2つの危険性があるからだ。

まず魅李との関係に支障が出る事。

純一に友達が多くなれば時間がそこに取られて魅李との時間は相対的に減ってしまう。

もう一つは純一が攻略キャラである魅李以外と付き合う危険性だ。

奴は魅李に惚れている。

しかし、純一が他の女と付き合う可能性も無いとは言い切れない。

純一も腐っても健全な男子高校生。初恋よりも手頃な女に心が傾く可能性はある。

こいつがモテないなら良いのだが純一は無駄にモテるのだ。

しかもよりにもよって顔の良い女を中心に。

俺が奴の立場だったら全力で不特定多数との愛のないSEXに溺れる所だ。


考え込んでいる俺の肩が岡島に叩かれる。


「猿渡!カラオケ行こうぜ!」


誰が行くかボケ。


「良いね!佐藤くんとも猿渡くんとも私たちって放課後遊んだ事ないし!」

「早速今日行こうよ!トクさんも呼んで!」


俺の本心とは裏腹に周りは積極的にカラオケの予定を立てる。

純一も話していた女子二人に誘われて行く様だ。

魅李も行くだろう。


この時点で俺が行かないという選択肢はなくなった。

この二人がこういったイベント毎に行くのに俺が参加しない訳にもいかない。

寝取られ野郎が来た場合に守る必要がある為だ。


これだ。クラスメイトと仲良くなるとこういったイベントに巻き込まれてしまう。

集団での遊びは寝取られイベントが起きる可能性がある上に何かあった際に俺も集団から抜けるのが面倒だ。

だから俺も純一も参加する必要がないように孤立する様に仕向けたのに!

表には出さないが内心イライラしてしまう。

落ち着け。俺。

こんなものは一時的な物だ。

俺はいつも通りセクハラを続ければいいだけだ。


しかし俺の予想とは反してこの状況は中々変わらなかった。

そして状況が不可逆的に変わってしまったのだと気付いた時にはすでに遅かった。



「明菜ちゃん!段々暑くなってきたねぇ。」

「何?急に。」


気温が上がってきてブレザーが不要になってきた今日この頃。

俺はワイシャツ姿の明菜に今日も今日とてセクハラを敢行した。

明菜は話しかけてきた俺を半目で睨みつける。


「いやあ、薄着だと明菜ちゃんのダイナマイトボディが目立ってもう辛抱堪らんわい!」


俺はニヤニヤ笑いながら両手で空中をもみもみする動作をした。

明菜はそんな俺の様子を数秒半目で眺めた後鼻で笑った。


「ふっ・・・、猿渡ぃ〜。」


その態度に困惑する俺に対して今度は明菜がニヤニヤしてこちらに身体を近づける。

そして白いYシャツの胸元を少し引っ張り肌を露出させる様な動作をする。


「辛抱たまらなくなったらその手でどうすんのぉ〜?ねぇ〜?」


そう挑発してくる明菜に俺は固まる。

大変だ!明菜ちゃんがビッチになっちまった!

俺は彼女の様子にひるむが負けじとセクハラで戦う。


「えっ、いや………そりゃ明菜ちゃんのFカップおっぱいを揉むわさ!」

「いいよ。」

「…はっ?」


俺がもみもみ宣言をすると彼女は体を更に近づけてくる。

そして更にニヤニヤ顔を歪ませて胸を強調してくる。


「だから、揉んでもいいよ。………あんたにその度胸があれば、ね?」


そして魅力的に微笑む彼女。

何が起きてるんだ?

常識改変男が学校に現れて一夜にして状況が変わってしまったのか?

俺は彼女の様子に言葉を失う。


その様子を離れた席で見ていたクラスメイトから野次られる。


「おーい!明菜!縁助を揶揄うなよ!そいつむっつりなんだからさ!」

「うるさいな!セクハラの仕返しよ。仕返し。」


クラス内から笑いが起こる。

何が起きてる?

俺のセクハラがクラス内で受け入れられている。

また魅李が何かしたのか?

魅李の方を見ると彼女は苦笑いをしていたが満足そうな顔をしていた。



思考の渦にハマった俺に教室から出ようと俺の横をすれ違った明菜が小声で囁いてくる。


「私FじゃなくてHだから。」

「あっ、はい。」


結構着痩せするタイプなんですね。


俺のセクハラが効力を発揮しなかった事と自信のあったカップ当てを外した事でショックで立ちすくんでしまった。


ま、まずい。俺の計画にヒビが生じ始めている。


思えば最初のカラオケから始まりもう何度もクラスメイト達と遊びに出掛けている。

純一の方を見る。

奴は女子と男子の混成グループの中心で楽しそうに話していた。

その中の2人の美人の女子は露骨に純一にボディタッチをしていた。


俺は奴を校舎裏に放課後呼び出した。



「何が起きている?」

「何がって………何が?」


惚ける純一に壁ドンをする。


「俺のセクハラが男子小学生のハッタリレベルだと思われてるじゃねぇか!」

「いや…、だってそうじゃん。」


呆れた顔をする純一。

確かに俺は口だけで実際に行動に移したことはない。

何故ならそんなことをしたら速攻で停学。ないしは退学になるからだ。

全てフリだけ。

だがそのフリでも今までは効力を発揮してたのに。


俺が頭を抱えていると純一がため息をついて話し始める。


「魅李のおかげだよ。」

「あ?どういうことだ?」

「お前のセクハラが自分に男のあしらい方を学ばせるためだって話を流してるんだよ。」

「はあ!?」


魅李は何故そんな嘘話を!?

俺は純一の胸ぐらを掴む。


「何で止めねぇんだよ!」

「いっつ・・・、いや何で止める必要があるんだよ…。」


純一の分際でアホを見る目で俺を見る。


「縁助さ。もう良いと思うぜ。」

「は?」

「だから、あのセクハラ行為。」


純一は俺の胸倉を掴んだ手を優しく離していく。

そして穏やかな笑顔で子供に言い聞かせる様に語りはじめた。


「魅李も、もう十分に男を克服したよ。縁助は知らないけどさ、この前お前なしでナンパを撃退したんだ。あ、あと俺も一人倒したからな!」


照れ笑いしながらパンチをする動作をする純一。

それなら知っている。

俺が用意したスライム達を撃退したんだろ。

というか何を悟った顔で見当違いの事を言っているんだこいつは。


「お前何勘違いしてんだ?俺は別に魅李ちゃんの為にセクハラしてた訳じゃねぇよ!そんなアホな奴いるか!」

「いいって。確かに縁助は昔から下ネタ好きだったけど。あれは明らかに魅李の為だって俺ですら分かるよ。」


お前は何にも分かってねぇよ!

寝取られゲーの主人公風情が分かった風な口をきくな!


意識してセクハラをしていたのは確かだ。

それを魅李と純一はトラウマ克服の為だと勘違いしていた様だ。

確かに魅李にはセクハラに暴力で対抗する平成初期の漫画のキャラになるように望んでセクハラをしていた。

だがそんな高尚な目的で行っていたわけではない。

というか俺は楽しんでセクハラをしていたのである意味趣味でもあった。


しかし真実など最早どうでもいい。

魅李の流した話により俺のセクハラが勝手に美談にされてしまった。

歴史はこうやって歪められていくのだろう。

これでは俺がセクハラをする度にむしろ好感度が上がるというバグ技みたいな事になってしまう。

これを挽回するのはかなり難しい。

何故なら俺がどんだけエグいセクハラ発言をしたとしても実行に移す事は出来ないので俺のセクハラがフリだとより強く認識されてしまう。

今日の明菜に揶揄われた様に。


俺は積んだ事に気付いて脱力する。

俺のその様子に純一は肩を叩いて校舎裏から去っていこうとする。


「まあ、まだ縁助がやるってんなら。別に止めないけどよ」

「・・・。ところでお前最近魅李ちゃんと遊びに出かけてんのか?」

「えっ?何言ってんだよ。この前も一緒にボウリング行ったじゃん。」

「それはクラスメイトも含めてだろ。二人きりでだよ。」


しかもお前はクラスメイトの女子とずっと話してて殆ど魅李といなかっただろ。

俺の言葉に首をひねる純一。

もう180度俺がひねってやろうか。


「そういや・・・、無いな。何か最近皆で遊ぶ事が多いしなぁ。あっ、そういや今日玲子達にまたカラオケ誘われてるんだけどさ。縁助も行こうぜ。」


こいつは少し前に魅李との関係を進めると誓った事を完全に頭から失くしてしまったのか?

楽しそうに話す純一を俺は殺意が籠った目で睨みつける。

俺のその様子に少し冷や汗をかいて言い訳を始める純一。


「いや、しょうがないだろ!誘いを断るのも悪いし。魅李も皆と遊ぶのを楽しんでるしさ!」


そして純一は待ち合わせ時間と場所を伝えると逃げる様に校舎裏を去っていった。

暫く俺は校舎裏から動けなかった。


「おい・・・」

「あ?」


そしていつの間にか後ろに人がおり声を掛けられる。

そちらを振り返ろうとしたがその前に横っ腹をぶん殴られる。


「ぐぉあ!」


腹を抑えてそいつから離れようとするが逃げようとした方向にも人がおりそいつにぶつかる。

そいつからは足を蹴られる。

まずい、囲まれている。

どこにも逃げ道がない事に気付く。

そして俺を囲った連中の顔に見覚えがあった。

愛陰会の構成員達だ。


「て、てめぇら何で。」

「裏切者には罰を。」


俺の質問への返答は殴る蹴るの暴力だった。

俺の教育が行き届いている事に満足しつつもなすすべのない暴力に晒され俺は気絶しそうになる。


「お前らやめろ!」


俺が走馬灯の三週目に入っていると男の声が割って入ってくる。

志島だ。


「一年風情が・・・、裏切者を庇うものは同じく死んでもらうぞ。」

「僕は愛陰会に従っている訳ではない。僕は元締めのセックストイさ。」


志島でプレイをした事など一切ないが奴の頼もしい言葉に愛陰会の構成員達はドン引いて俺から離れる。


「志島・・・、後悔するぞ。」

「それは僕のセリフさ。後悔しない内に元締めに謝った方が良い。あのメス豚にも言っといてよ。」


愛陰会たちは大きく舌打ちをして去っていった。

志島は急いで俺に駆け寄ってきて肩を貸してくれた。

尻は触るな。


「元締め!大丈夫ですか!」

「し、志島。何があった。」

「内部分裂が起きました。」


志島が真剣な顔で俺に状況を教えてくれる。


「最近、元締めがクラスメイト達とリア充の様に遊び惚けている事に一部の構成員達が不信感を抱き人員を募って謀反を企てたんです。」

「な、なんだと?」

「僕の方で一年は何とか抑えていますが・・・、正直時間の問題です。」


深刻な志島の表情に俺は事態が大事である事を認識する。

こんな所にも弊害が出てくるとは。

俺は2年間の積み重ねが崩れていっている事にめまいがしてくる。


余計な人間関係が発生し、純一と魅李の純愛エンドへの道に多くの障害が発生した。

更にその所為で俺の手足だった愛陰会を失ってしまった。


まずはこのクーデターを納めなければ。

俺は志島に首魁を尋ねる


「誰がこの謀反の画を描いているんだ?」

「中田璃々です。・・・あのメス豚が今回の件の首謀者です。」


その名前に俺は絶望する。

嘘だろ。一昨日もワンチャンプレイをしたばっかなのに!

俺は一昨日の彼女の様子を思い出すがその時の彼女に不審な様子はなかった。

あえていうならいつも様子はおかしいが。


俺はこの時寝取られエロゲー攻略の中での最大の試練が始まったのだと思った。

しかし、まだこんなものは序の口だったと後に思い直す事になる。





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