第12話

予想以上に時間を取られたが幸いまだ純一達はレストランにいる様だ。

総合商業施設の最上部にあるそのレストランはバイキング形式でランチを提供している。

4,500円と少々高校生の財布から出すには値が張るが純一を説得して魅李の分の食事代も出して行かせた。

ラインナップは中々に豪華みたいだ。

客層も小奇麗な恰好をしたママさん達がメインの様だ。

俺はレストランの入口から離れた所で純一達がいることを確かめる。


そんな俺に愛陰会の構成員が近づいてくる。


「元締め・・・、暗殺許可を。」

「ダメだ。人の目が多すぎる。」


愛陰会は女性に縁のない男達がメインのグループである。

高校生のカップルが大人っぽい店でランチを食べるという甘酸っぱい光景はこいつらの嫉妬を殺意へと容易に変換させた様だ。

今日は流石にこれ以上のトラブルをあの二人に体験させるつもりはない。


俺が暗殺を止めた事に不満気な顔をする構成員。


「元締めは佐藤純一に甘すぎます!過度な依怙贔屓行為は内部分裂を招きますぞ!」


確かにこいつの言っている事は正論だ。

俺は純一と魅李の関係だけは守ってきた。

その為、構成員の何人かには俺が純一と魅李をくっつけようとしている事に薄々気付いている。


「落ち着けム〇ク。これが皆の為だ。」


俺は興奮する構成員の肩を掴んで目を真っ直ぐに見つめる。


「いいか?はっきり言おう純一はモテる。」


そう、純一はモテるのだ。

顔が格好良く更に奴の性格は女にモテる様で中学生の時から俺経由でラブレターを渡そうとする女は何人かいた。

馬鹿みたいにモテるというほどではないがあいつは美人特攻を持っている様で何故か顔の良い女から特にモテる。


「あいつの人気は中学からの俺の努力により道連れで落とした。だがいまだにあいつに対して淡い恋心を持っている女はいる。」


この世界がエロゲの世界と気付いた後は純一に余計な女を近づけて魅李との関係に支障が出ない様に女人気最低の俺が付き纏って女性を遠ざけた。


「俺らがいまだに童貞なのはあいつが貴重なパイを奪っているからだ。」


俺の話を真剣に聞いている構成員に向けていつも愛陰会内部で俺の行動の言い訳に使っている理由を伝える。


「だから悔しいがあいつにはさっさと魅李ちゃんと付き合って貰ってあいつに心を奪われている女性たちを解放するんだ。」

「そんな・・・。それじゃあ中里さんはその為の生贄って事ですか!?そんなの・・・、彼女が可哀想だ!」


可哀想なのはお前の頭だ。


頭に浮かんだ本心をひた隠し俺は泣き出すそいつに肩を貸す。

少し離れた位置にいた他の愛陰会の構成員達も涙ぐんでいた。

かなり不気味な光景だ。


「とりあえずお前ら今日は帰れ。貴重な休日をこれ以上無駄にするのはやめておけ。急に呼び出して悪かったな。本当はカラオケ行く予定だったんだろ?」

「・・・はい。元締めも後で合流してくださいよ!」


俺はまだ落ち込んでいた構成員達を無理矢理帰らせる。

今日はもう俺一人で良い。

本当は俺も帰りたいが終わりまで見届けなければ安心できない。


十数分後、純一と魅李はレストランを出た。

俺は彼らの後ろを追いかけストーカーを再開する。


彼らはそのままいくつかの総合商業施設内の店舗を回っていた。

色々な物を見て、手に取って和気藹藹と会話している彼らは恋人にしか見えない。


先程の構成員じゃないが仲の良い女性が他の男と親しくしている姿を見るのは中々つらい。

俺が望んでいる事とはいえだ。

見当違いの嫉妬心である事は自覚しているが自分の心は正直だった。

早く付き合ってこの地獄を終わらせてくれ純一。

俺の望みとは裏腹に純一達はキスもせず帰宅した。

だが今回のデートは俺の介入もあって彼らの関係性を変化させる事が出来たと個人的には満足している。

これを切っ掛けに恋人までとんとん拍子に行ってほしいものだがそこまで上手く事は運ばないだろう。


俺の望みは今年中に純一と魅李の関係のケリをつけることだ。


来年は俺も受験生だ。

高校2年生の今ですら勉強をして早く受験に備えたくてしょうがない。

しかし今は寝取られ対策に時間を取られて殆ど勉強の時間を確保出来ていない。

それに美咲と璃々の気持ちもある。


美咲は中学時代の俺に戻ってほしい様だ。

別にセクハラ魔人へと変身したことについては俺はそれ程ストレスを感じていない。むしろ最近は奇妙な充実感すら感じているが妹の気持ちを無視してまでやろうとは思わない。

璃々も俺がいつまでも魅李に構っているとあいつの自己肯定感はいつまでたっても回復しない。

あいつとの性行為は気持ちよくはあるが健全な関係とはいえない。

今後長く続いていく人生の中で不健全な関係は必ず破綻する。


家族との関係、後輩との関係。自分の将来。

いつまでも後回しにはできない。

俺はエロゲー世界から早く現実の世界に戻りたいのだ。

俺も自分の人生を生きて、恋人を作りたい。


だから、頼むぜ純一。


俺は神頼みより意味のない祈りを胸に電車にのってまた繁華街へと戻る。

先程の構成員達のカラオケに参加する為だ。

部下の慰労もしなければいけない俺は零細勤めの社畜だった記憶を思い出して腹が痛くなる。


・・・


純一達のデートから数日後。

俺は通学中に奇妙な光景に出くわした。


俺の隣の席である為に俺のセクハラの被害にあっている白ギャルの明菜ちゃんが通学路で男に絡まれていた。

通学路といってもここは俺の家から駅までの道中だ。

彼女はここらへんの出身だったか。

彼女のパーソナル情報を殆ど知らない俺だが彼女の姿をこの道で見た事はない。


「ねえねえ、遊ぼうよぉ。俺の家近くにあるからさぁ。ゲームもお菓子もあるよ。」

「これから学校だから無理!良いから通してよ!」


ナンパというより児童誘拐犯の様な文句で明菜に言い寄る男。

パーカーで顔は伺いづらいが若い声だった。

明菜はしかめっ面でその男の誘いを拒否している。

そりゃそうだ。

ゲームもお菓子も学校をサボる程の魅力的な誘い文句ではない。


違和感を覚える光景だが見捨てるのも後味が悪いので知り合いの彼女を助ける事にした。


「おーい!明菜ちゃぁん!」


俺は大声で彼女の事を呼び小走りで近づく。


「偶然だね!朝から明菜ちゃんのナイスおっぱい見れて縁起が良いぜ!」

「お、おー、エロ猿。」


俺を見た彼女は歯切れ悪く俺の名前を呼ぶ。

なんだ?この反応は。

いつも向けられる嫌悪感マシマシの顔とはまた違う。

セクハラが弱かったのだろうか。


急に割り込んできた俺に対して不審者はいきり立って怒鳴ってくる。


「なんだぁ!?てめぇ!!!邪魔すんなボケェ!!」


何だこいつ急にハッスルして。

俺に対して過剰に反応してきたそいつは俺に殴りかかってくる。

だが威嚇の為だったのか当てる気はないように見えた。

だが俺はわざと自分から殴られにいく。


「いってぇええええええ!!!」

「あっ、えっ!」

「エ、エロ猿!」


当てる気のなかった攻撃が当たったためか男は焦った声を出す。

根が優しい明菜も心配の声をあげる。


「いてぇええ!!殴られたぁああ!!誰か男の人よんでぇ!」


殴る気のなかった事からこの不審者は騒ぎにしたくない気持ちが大きいと思った俺はわざと騒ぎを起こして撃退をしようとした。

しかし俺の予想とは裏腹に不審者は焦りながらも俺に近づいてくる。


「ま、まて猿渡!俺だよ俺!」


何故こいつが俺の名前を知っているんだ?

奴の顔をじっくり見る。

何処かで見た顔だ。

というか同級生だった。


「な、なにやってんだ岡島?」


俺は思わず素で問いかける。


俺が呆然としていると曲がり角からクラスメイト達が現れた。

その中に魅李の姿があった。

彼女は急いで俺に近づいてきて俺が先ほど殴られた頬を触る。


「縁助くん!大丈夫?」

「み、魅李ちゃん?何?どういう事?」


状況を把握出来ない俺を他所に魅李は岡島の方を睨む。


「岡島くん!殴るのはフリまでって言ったでしょ!」

「違うって中里ちゃん!猿渡がわざと当たって来たんだよ!」

「オカジのいう通り猿渡はわざと当たりに行ってたよ」


魅李に弁解する岡島を援護する明菜。

そして明菜は呆れながらも俺に対して見た事のない穏やかな顔を向けてくる。


「騒ぎ起こして私を守ろうとしてくれたんでしょ?・・・情けないし、セクハラは余計だったけど・・・。ありがとう猿渡!」


快活な笑顔をこちらに向ける明菜。

それを切っ掛けにクラスメイト達は口々に俺を褒めだす。


「見直したぞ猿渡!」

「やるじゃん!」

「よっセクハラ野郎!」

「俺は最初から中里さんを信じてたぜ!」


俺はようやく状況を理解しだした。

俺がいつも純一と魅李の関係を深める為に仕掛けている茶番を今度は俺が仕掛けられたのだ。

他でもない魅李に。


魅李は岡島への叱責もそこそこに俺の方を向く。

そして申し訳なさそうな顔で俺に話しかける。


「ご、ごめんね。縁助くん。縁助くんにとっては余計な事だと思うんだけど」


彼女は指遊びをしつつ言葉を探しているのか黒目があっちゃこっちゃスイミングしていた。


「縁助くんの優しさを皆に分かってほしくて・・・、皆に協力してもらったんだ。」

「へ、へーそうなんだ。」


反省した顔でいう彼女に俺は何も言えなかった。

唖然としていたら大して会話もしたことない岡島に後ろから抱き着かれる。


「悪いな!猿渡!痛くなかったか!俺お前の事誤解してたよ!」


誤解ではない。


俺の言い訳は岡島に続いて俺をもみくちゃにしてくる同級生たちによって阻まれる。


視界の端で申し訳なさそうな顔で現れた純一を見つける。

一瞬視線が交差する。


魅李ちゃんを何で止めてくれなかったんだよ!!


すまん!けど俺には無理だ!!


腐れ縁の俺たちは視線だけで会話を終わらせた。


魅李・・・。

ここ最近様子がおかしかったがまさかこんな事を企んでいたとは。


魅李の好意は素直にうれしい。

しかし、俺の評判などすべてが終わった後で良いのだ。

だから俺の事を無視して純一との行為に注力してほしい。


だが俺はそう願いつつも心の中ではそれは無理である事は薄々分かっていた。


魅李も、純一も良い奴らなのだ。

親友である俺の事を気にしている。

俺の悪口を言われると悲しむしそれをどうにかしようとしてしまうのだ。


ゲームとの違いに俺は喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなる。


魅李の親切心により俺のこれまでのエロ猿ロールプレイは大幅に意味を失う事となった。

正直な話、このエロゲーを攻略するのには俺の評判など悪い方が都合が良いのだ。


だが魅李に怒る事など出来ない。

クラスメイト達に逆切れも出来ない。


彼らは悪くないのだから。

現実を生きている彼らの心情や行動を一人の人間の俺が勝手に決めることなど出来ない。

それが俺に対する気持ちであってもだ。


この世界は2択の選択肢を選べば望んだルートに行ける簡単な同人エロゲでは最早ないのだから。


知らないうちに寝取られているヒロインの様に、多くの事が俺の知らない所で起こりもする。


それが良い事であれ悪いことであれ。


今回の事でよりそれを認識した。


しかし、まだ俺はこの世界の事を理解していなかった。

その代償は高くつく事となるのだが。

それはまだ回想ページの3ページ目ぐらいにあるシーンである。



















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