第9話
璃々の爆弾投下で空気が終わってすぐに俺は「電車に乗り遅れる!」と一人で駅の改札へと走って場を強制終了させた。
璃々は純一と魅李をまるでいない者の様に扱って俺にのみ話かけてくる。
いや、違うか。俺にこの二人と会話させたくないんだ。
可愛い後輩の独占欲に俺はほんわかする、事はなかった。
何故なら魅李が凄い目で俺を見ているからね。
先ほどの璃々の発言が気になってしょうがないといった感じだ。
だが璃々に対する負い目と内容が内容だけに聞けなくてやきもきをしているのだろう。
口元には微笑、しかし目がパキっているという何だかヤク中の様な表情だ。
純一と魅李の仲を深める目的だったのにそれどころではない状況となってしまった。
結局気まずい雰囲気のまま目的地の遊園地へと向かった。
「いやぁ〜、着きましたねぇ遊園地!先輩達はどこ行きたいんですかぁ?」
俺達が入園して早々に璃々は純一と魅李の方を向いてそう問いかける。
固まった表情で何も答えない魅李。
そして相変わらず何の準備もしていない為か回答できずにパンフレットを取り出す純一。
「やっぱここは取り敢えずジェットコースター行こーよ!リニューアルの目玉だし!」
「先輩には聞いてないから。」
それぞれの理由で機能していない2人に変わって俺が答えると璃々から冷たく遮られた。
しかも足を強く踏みにじられている。
うん、僕黙るよ。
「うん…、そうだね!縁助くんの言う通りジェットコースターに並ぼうか!」
メスガキに封殺された俺の意見は魅李によって拾い上げられ復活した。
「ああ、先輩達ジェットコースターに行きたいんですねぇ?でも困っちゃいました璃々達お化け屋敷行きたいんですよねぇ。」
それに璃々は白々しい声で返答する。
そして俺の腕を自分の腕と絡める。
「時間が勿体無いですしぃ、二手に分かれませんかぁ?」
到着早々パーティを二つに分ける事を提案する璃々。
というか俺もジェットコースターに行きたいって言ったんだが…
「おい、璃々。俺はジェットコースターに…」
「先輩、ハウス。」
くぅ〜ん。
ご主人様の命令により俺は意見が言えなくなった。
その璃々のあからさまな言動に遠慮していた魅李も態度を変える。
璃々の方にずいっと踏み込む。
「お化け屋敷も行きたいと思ってたから璃々が行きたいなら先にそっちを優先して行こうか。その後に私と縁助くんが行きたいジェットコースターに行けば良いよね。」
「ああ〜、すみませぇん。本当は観覧車に乗りたいんでしたぁ〜。昨日縁助先輩と着いたら真っ先に乗ろうって話してたの忘れてましたぁ。」
「へぇ〜、そうなんだぁ。縁助くんって観覧車そんなに好きじゃないはずだけど。璃々に合わせてるのかな…。今の時間ならそんなに並ばないと思うし行こうか!」
「あの〜、別に行きたくないなら無理に合わせないでくれて良いですよぉ?」
「行きたくないって訳じゃないよ。それに私たち先輩としては後輩に楽しんでもらいたいし。」
「…やっぱ先輩って空気読めないですよねぇ〜?」
埒が開かない会話を終わらせたのは璃々だった。
この不毛な応酬の間俺はずっとハウスしていたので会話には参加していない。
璃々の攻撃的な発言に対して魅李は人形のような貼り付けた笑顔で対応する。
「どう言うことかな?」
「さっき私の言葉聞いてなかったんですかぁ〜?それとも、もう忘れちゃったんですかぁ?」
璃々は挑発するように両腕を上げて自分の頭に人差し指を向けてくるくる回した。
「私と先輩の間に入らないでくださいよぉ〜。そっちはそっちで佐藤先輩とよろしくやってて下さいよ。」
「だから、どういう事、かな。」
怒りかまたは別の感情によるものか。
震えた声で魅李が問いかける。
「だから〜、私と縁助先輩には精神的にも肉体的にも中里先輩には及びもつかない、というかお呼びじゃない強い繋がりがあるんですぅ〜」
「でも付き合ってはいないんでしょ?」
「…」
璃々の挑発に魅李はカウンターパンチを喰らわす。
痛い所を突かれて璃々は黙り込む。
「でも付き合ってはいないんでしょ?」
当たり判定を確認した魅李は口撃を続ける。
これに璃々がどう反撃するか見ものである。
えっ?お前2人の仲裁するんじゃなかったのかだって?
だってご主人様にハウスって言われてるから…(言い訳)
「でも付き合ってはいないんでしょ?………ねぇ、縁助くん?」
え、僕ぅ?
ギャラリーとして見守っていたら急に矛先がこっちを向いた。
魅李は真剣な顔をしていた。別に璃々に対して意地悪で問いかけた訳じゃなくて本当に知りたくて聞いていた様だ。
「え?ああ、璃々とは付き合ってないよ。」
確かに突きはしたがな、げへへ。
内心ゲスに笑っている俺の回答に満足気に璃々の方を向いて勝ち誇る魅李。
それに歯噛みする璃々。
何やってんだこいつら笑
遊園地の入り口近くで全く動こうとしない自分達を客観視して乾いた笑いが出る俺。
それを見て何かを勘違いした魅李がこの前の様に頭を抱えて蹲る。
そしてまたブツブツと何かしら呟いている。
どうやら璃々が合流する前に彼女と向き合うと発言した自分を思い出して自己嫌悪している様だ。
その様子に璃々は引いた顔で俺に囁いてくる。
「えっ、み、…中里先輩どうしたんですか?」
「僕知らない。」
予定を変更して今から彼女のために病院へと行くべきだろうか。
デート初っ端からカオス状態へとなっている中で先程から全てを無視してパンフレットを見ていた純一が顔を上げた。
「よし!取り敢えずこのウォーターアトラクションに行こう!期間限定みたいだし今のうちに行かないと!」
そうして張り切った声で宣言する。
今回ばかりはお前の能天気さに助かったぜ。
璃々は純一にドン引いた様子だが俺はほっと胸を撫で下ろした。
しかしその後も何かと俺と抜け出そうとする璃々とそれに待ったを掛ける魅李の応酬は続いた。
結局純一と魅李の仲は対して縮まらなかった。
楽しかったな!と笑う純一に俺は顔面パンチを我慢するのに苦労した。
今回は失敗したがこれで諦める俺ではない!次は動物園にでも行こう。
そう帰りの電車の中で考える俺を璃々は無表情で見つめていた。
瞳に暗い感情を宿しながら。
こいつについても放置は出来ないな。
内心ため息を吐いてしまうがやらない訳には行かない。
彼女に何かあれば魅李も気にして純一との恋愛どころでは無くなってしまう。
そういった俺の利己的考えと彼女への同情により俺はゲームのモブキャラである彼女にも時間を割かざるを得ない。
俺がもっと早くこの世界が寝取られ同人エロゲームの世界だと気付いていれば彼女の事も助けられたかもしれない。
俺は神様じゃないのだから全てを救うことなど出来ないがどうしてもその考えが頭をよぎり彼女に対しては甘くなってしまう。
だから無理矢理襲われたあの時も抵抗を出来なかった。
単純に理性が性欲に負けただけの話でもあるがな。
集合場所だった駅前で皆と別れ、俺はスーパーで食材を買って帰路へ着く。
「ただいま〜。」
リビングに行くと妹がテレビを見ながらダラダラしていた。
「おい、親愛なるお兄ちゃんがただいまと言ったのだからおかえりだろう」
「うっさい、死ね。」
2年前から反抗期になってしまった妹は俺の方を見もせずにそう返す。
俺は悲しみで頬を濡らしつつキッチンに立つ。妹と一緒にテレビを見ていた母親が手伝いを申し出てくるがやんわりと断る。
ハンバーグをメインのおかずに1時間ほどで夕飯をつくりおえる。
俺はテーブルへと皿を並べて自室にいた父親を呼ぶ。
「いただきます!」
家族4人での夕食を終えるともう既に時間は8時を回っていた。
皿洗いを母親にお願いして俺は外出の準備を始める。
特に過干渉ではない親はこの時間に外出をしても何も言わない。
流石に朝帰りした時は問い詰められたが。
玄関で靴を履く俺の肩を誰かが掴む。
手の感触で妹だと分かった。
小ちゃい可愛らしい手だ。
「おう、どした?帰りになんか買ってこようか?」
そう問いかける俺に俯いて暗い表情で黙っている美咲。
1分ほど無言だったので俺は肩をすくめて扉へと向かうがさらに強く肩を掴まれる。
「おい、美咲…」
「またあの女の所に行くの?」
美咲は辛そうな表情をしていた。
何も答えない俺に美咲は言葉を連ねる。
「何で兄貴が他人の為にそこまでする必要があるの?………いつになったら前の兄貴に戻ってくれるの?」
美咲はあの事件後縁助ロールプレイをする俺に失望し俺に対する当たりが強くなった。
加えてその原因と思っている魅李や璃々に対しても悪感情を持つようになった。
ゲームではクソ猿と俺を呼ぶ美咲はこの現実の世界では俺の事を思って泣いてしまう。
嬉しい事だが大変申し訳なく感じる。
「あいつらをいつまで甘やかすの?…私の事はもうどうでもいいの?」
俺はこの世界がゲームだと気付く前、前世では一人っ子だったからか美咲を大変甘やかした。近所でも近親相姦してるんじゃないかと疑われる程仲が良かった。
しかし、中3のあの事件以降に俺は色々と忙しくなり以前より美咲に時間を割けなくなった。
その急な変化に美咲は兄冥利に尽きるが拗ねている。
と思っていたのだが。今日の美咲の様子は度が過ぎていた。
「何言ってんだよ、お前のことは世界で1番らぶり〜ちゃんっていつも言ってんだろ?」
「じゃあ、じゃあ何で今日あいつらと遊園地行った事を黙ってたの?」
痛い所を突いてくる美咲。
今日の事を家族には黙っていたのだが夕食中に母親が駅前で奴らと一緒にいた所を見ていた様でその話をされた。
黙っていたのは彼女とちょっと前に遊園地を行った事が今日の予行練習だと誤解されたくなかったからだ。
妹と行った遊園地は今日と違い楽しかった。
美咲も俺の事をクソだのバカだの罵倒していたが笑顔だった。
今その美咲は泣いていた。
自分の兄が同級生のデートのために自分を利用したと思い込んで泣いていた。
俺は美咲を抱きしめる。
人は冷徹にあらゆる物事に優先順位を付ける。
それは人間関係も当然例外ではなく。
むしろ主たるものだ。
俺は自分の命が1番大事だ。
2度目の人生だがやはり自分の命は唯一無二の価値だ。
次に家族。
中でも妹である美咲。
父親と母親も大事だが俺と違ってちゃんとした大人の彼らを俺が心配する必要はない。
とにかく純一も魅李も、そして璃々も俺にとっては優先順位は美咲の下だった。
だからこの、ゲームでは縁助の妹であり友人の妹キャラというヒロインの1人である猿渡 美咲に俺は1人のクソ野郎も近づけた事はない。純一も含めてな。
だからかゲームでは純一に惚れていた彼女は奴とは疎遠で恋愛感情のかけらも持っていない。
あんな奴に俺の妹はやらん。
そしてこんなクソエロゲーの世界でヒロインという不憫な役回りの彼女を1人残して俺は逝けない。
だから全てが終わるまで待っていてくれ。
そのあとは嫌になるぐらい甘やかす所存だ。
俺は璃々からの催促の着信を尻ポケットから感じながら美咲が落ち着くまで彼女を抱きしめ続けた。
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