彼女の気持ち。彼女の過去。彼女の決意 後半(魅李視点)

身体を汚され、誇りを汚され絶望の底に落とされて全て奪われそうになった私の人生は信じられないくらいあっさりと縁助くんによって救われた。


縁介くんは殺そうとしているのではないかと思うぐらい激怒し、奴に暴行をして気絶させた。

その後私は何も言っていないのに隠しカメラの存在にすぐ気付き奴が持っていた携帯と一緒に回収をした。


「純一、魅李ちゃんを頼む。」


彼はそういうとあの男の両足を掴んで引っ張り引き摺りながら倉庫の外へと向かっていく。


「何があったんだ?」


純一がポツリと呟く。

何が何だか分からないのだろう。

彼からすれば当然の疑問だ。

しかしそんな純一になんの返答もできず私はただ彼が出て行った倉庫の扉を見つめていた。


あの後警察が呼ばれ奴は当然のように捕まった。

盗撮の為に倉庫内に置いてあったカメラには奴の所業の自白も実際に私に襲い掛かろうとした姿も全て映っていた。

女性の警察官からは形式的な聞き取りだけされ私はすぐに警察署から解放された。

聞き取りされていた部屋の外には警察署まで付き添ってくれていた純一と両親が待っていた。


全ての事情を知った彼らはただ泣きながら私に謝った。

謝りたいのは私の方だった。

私がもう少し賢ければ両親にも純一にも心配をかけることがなかった。

私の後輩も奴に嬲られることはなかった。

私が馬鹿じゃなければ、縁助くんの様に強くて賢ければ。


しばらくすると同じく聞き取りをされていた縁助くんも部屋から出てきた。

待っていた彼の両親と妹の美咲ちゃんはすぐに駆け寄ると彼をもみくちゃにしていた。


「やるじゃん!兄貴ぃ〜!」

「流石は俺の息子だ!」

「今夜はうなぎね!」


縁助くんはそんな彼らを鬱陶しそうに押し除けて私の方へと歩いてきた。


「お疲れ〜、魅李ちゃん!」

「う、うん。お疲れ様。」


私は彼にお礼を言わないといけないのにうまく言葉が出てこない。

いつも普通に会話をしているはずなのに。

そんな私に彼は快活な笑みを浮かべて話しかける


「いやあ、お手柄だね!魅李ちゃん!」

「えっ…?」


そう私を褒める彼。

何を言っているのだろう。

私はただ間抜けにもあの男に騙され家族に心配をかけ後輩が酷い目に遭う原因を作った女だ。

責められこそあれ褒められる要素などひとつもない。


「魅李ちゃんがあいつを嵌めて、強力な証拠を残してくれたおかげで逮捕出来たんだから大手柄だよぉ〜!」


違う。


ただ私はあいつの言いなりになっていただけだ。

あれだけ自慢気に自分の行いをカメラの前であの男が語ったのは私を舐めていたからだ。

全て縁助くんが来なければ私の脅迫材料になっていただけのものだ。

だから私は何もしていない。

何も出来ていない。


固まる私を気にせず縁助くんは話を続ける。


「あいつ…魅李ちゃんが初めてじゃなかったみたい。余罪があってさ、脅されていた女性が何人もいたんだって。」


縁助くんは何も言わない私の顔を見てニッコリと笑った。


「だから魅李ちゃんは大勢の女性を救ったんだよ。自分も辛かっただろうによく頑張ったね。」


穏やかにそう言う彼に私は涙を流す。


「ちょっ、兄貴何泣かせてんの!」

「俺の息子の風上にもおけん!」

「今日の夕飯は青のりだけよ!」


その光景を見て勘違いした縁助くんの家族は再度彼をもみくちゃにした。


違う、違うの。

私はそう縁助くんを庇いたかったが嗚咽が止まらず意味のある言葉を出せない。

私はただひたすらに泣いた。

私の心を殺して耐えてきた日々に意味なんてなかった。

守りたかった後輩は守れなかった。

何も出来ずに私は全てを奪われかけた。

そんな惨めでどうしようもない私を、私の日々を本当のヒーローが認めてくれた。

当然、彼は私の為にそう言っただけで本当に私があの男の被害者を救ったわけではない。

しかし嘘でも私の救世主が私のあの地獄の日々に意味があったと認めてくれた事は私の救いになった。


こうして中学3年の冬が終わった。

そして数ヶ月後、私たちは高校生になった。





高校に入学してしばらく経った頃、私はクラスメイト達と昼ごはんを食べていた。

高校では中学校の時と違い各々が校内に散らばりそれぞれの場所で昼食を食べる。

だけど私は教室で食事をしていた。

わざわざ別の場所に移動するのも面倒だからだ。

その時、私の友達の友達であまり会話したことがなかった女の子から純一について聞かれた。


「中里さん、佐藤くんと本当に付き合ってないのぉ〜?」

「付き合ってないよ〜、私と純一はただの幼馴染だよ。」


私と純一の関係を邪推される事は今まで何度もあった。

その度に同じ事を言っている。

別に付き合ってると思われることが嫌なわけではないが、純一に申し訳なかったし必ずきっぱりと付き合っていないと宣言していた。


「でも毎日一緒に登下校してるんでしょ?」

「基本的にはね」

「家も近くで家族ぐるみで仲がいいんでしょ?」

「まあ、うん。」

「夕飯とかも一緒の家で食べる時もあるんでしょ?」

「時々、どっちかの親がいない時はね。」

「…………やっぱり付き合っとるやんけぇ〜!」


純粋なる東日本出身のはずの彼女が関西弁で私に詰め寄る。

確かに純一とは仲が非常に良い。

男女としてお互い意識していないというと嘘になると思う。

だが私達は本当に付き合っていない。


こちらに詰め寄ってくる彼女に私は苦笑いをする。


「別に昔からの習慣ってだけだよ。…それに登下校なら縁助くんも一緒の事が多いし。」

「ああ〜猿渡ねぇ…」


縁助くんの名前を出した私に彼女は微妙な顔をする。


「あのエロ猿っていっつも中里さん達の周りをうろちょろしてるよね〜、私からガツンと言ってあげようか?」


うるさい黙れ。


「エロ猿とも小学校からの付き合いなんだっけ?腐れ縁って奴?中里さんと佐藤くんが優しいからってあいつ調子乗ってるよね〜。」 


お前に縁助くんの何が分かる。

上っ面しか知らないくせに私の救世主をふざけた名前で呼ぶな。

私達の仲を邪推するな。


「あ、明菜。やめなって」


無表情になった私に気づいたのか私の友達がその女を止めた。

明菜と呼ばれたその女は私が無表情になった事に気付いた様だ、私に対して弁解を始めた。


「あ、ごめん!私って無神経だからさ。中里さん優しいからあんな奴でも悪く言われたら気にしちゃうよね。」

「明菜!」


縁助くんの悪口を言い続けるその女に私の友達が彼女を咎める。


私は無言で席を立つ。

そして張り付けた笑顔で私は彼女達にお手洗いに行くと伝えて教室を出る。

教室内から友達が怒る声が聞こえる。

だが彼女は縁助くんの為に怒っている訳ではない。

私の為だ。

縁助くんの悪口を言われると私が不機嫌になるから。


教室を出てお手洗いには行かずに屋上の方に向かう。

屋上は解放されていないが屋上の扉の手前の廊下の踊り場は埃っぽく人気がない。

一人になりたい時に私はよくここに来る。

幸い誰もいない様だ。

私は強く屋上の扉に自分の拳を打ち付ける。


鈍い音がする。

手に鈍い痛みを感じる。

しかし自分を罰する様に数度同じ様に拳を打ち付ける。

こんな事に何の意味もないのに、私は自分に痛みを与える事で許しを得ようとしている。なんて卑しい女なのだろう。



縁助くんはあの事件の後少し変わった行動をするようになった。



「魅李ちゃんって本当に胸がでかいよな!俺が昨日見たAVの女優より全然でかいぜ

!」



彼に突然そう言われた私はフリーズした。

一緒にいた純一は彼の頭を強くはたいた。


「いってぇ!!なにすんだ純一!」

「こっちのセリフだ!よりにもよって魅李に何言ってんだアホ!」


じゃれ合う彼らを見て固まった思考が動き出す。

そうだ、縁助くんは冗談を言ったんだ。

私はそう思い彼に注意をする事にした。


「縁助くん…」

「魅李ちゃん!純一がいじめるんだ!幼馴染としてその大きなおっぱいで責任を取ってくれ!」


また私の胸について話、揉むような動作をする彼にぎこちない笑みを浮かべた


「そういう事は余り女の子に言っちゃいけないよ。」


そう私が注意すると彼は微妙な顔をした。

想定していた物ではなく肩透かしをしている様に見えた。

何か私は間違えたのだろうか。

あの時の様に。私は不安になった。

その後も縁助くんは事あるごとに私に対してセクハラじみた言葉を投げかけ続けた。


「魅李ちゃん!大変だ!俺の股間が病気で膨張してしまった!治せるのは魅李ちゃんの母乳だけの様だ・・・、ごめん!俺の為に吸わせてくれ~!」

「ごめん、縁助くん。私まだ母乳出ないから無理だよ。」


「おっぱいだけじゃなく、魅李ちゃんってお尻も大きくない?攻守において隙なしって感じだね。揉ませろよ。」

「やっぱり私って太ってるのかなぁ、運動してるのに・・・、縁助くんは私の身体どう思う?」


彼の言葉に対して私は考えていつも正解しようと返答するけれど彼は微妙な顔をする。

何故彼は私に対してそんな事を言うのだろうと疑問だった。

正直縁助君には申し訳ないが彼の言葉に私はこの時ストレスを感じ始めていた。

あの事件の後、私は更に性的な物を遠ざけた。

なのに私を悪魔から救った縁助くんは何故か奴の様に性的な言葉を私に投げつける。

そして私の返答はいつも彼の思う正解とならない。

そして何よりストレスだったのが彼は周りを気にせずそういった言動をするので彼の評判が悪くなった事だ。

彼のセクハラの被害者と周囲に誤解されていた私に男女問わず多くの人が寄ってきて彼の悪口を私にいった。

自分のヒーローが貶されている現状に私は耐えられなかった。

大げさだが私は彼に対して信仰心にも似た感情を抱いていたからだ。

私はついに彼に対して厳しく当たってしまった。

彼にセクハラの様な言葉を使って欲しくなかった。

彼をこれ以上周りに悪く言わせたくなかった。


いい加減にして!と彼を突き飛ばす私に彼はついに納得する様に頷いて満足気な顔をした。


そして愚かな私はようやく彼の言動の意図に気付いた。

彼は私の為にあのようなセクハラじみた言動をしたのだ。

私は性的な物から意図的に離れていた。

彼に救われたとはいえあの地獄の日々は私の大きなトラウマとなっていたからだ。

だが私の発育した身体は奴までとはいかないまでも多くの害虫の様な男達を引き寄せた。そういった人たちに絡まれる度に純一と縁助くんに助けられた。

純一も縁助くんも喧嘩が強い方ではない。

しかし、縁助くんはどんなに殴られても蹴られても決して引かなかった。

必死なくらい矢面にたって彼らを追い返した。

自分が情けなかったが自分ではどうしようもなかった。


怖いのだ。

強引に男性に迫られると体が固まって何もできなくなる。

しかし、いつも彼らが守ってくれるとは限らない。

どうしたって今後の人生で自分ひとりで戦わなければいけない時は必ずある。

彼はトラウマを抱える私の為に自分の評判を気にせずリハビリをさせてくれていたのだ。

思えば彼は言葉だけで私が抵抗していないのに何もしなかった。


全ての真実に気付き私はまた涙が出てきた。辛いのは縁助くんなのに。

私はあの時からずっと彼に甘えているだけだ。

自分が情けなくてしょうがなかった。

一度、彼を悪く言う人に私は強く反論をして縁助くんを庇ったことがある。

なんの意味もなかった。

卑怯者の私が優しいと評価が上がるだけで縁助くんの評判はむしろ下がった。

縁助くんはいまだセクハラじみた言動を続けている、彼の中では私はまだリハビリが必要なのだろう。

事実情けなくも私もその通りだと思っていた。

男性に対して強く反抗する事が出来ない。

彼は私が気付いた事に気付いたのか最近はセクハラじみた言動を私以外にもするようになった。

私が気にしないように。

罪悪感を感じない様に。

でも、仮にも小学校からの付き合いの私には彼が意識してそういった言動をしている事は明らかだった。


私がいつまでも弱いから彼は自分を殺し続けている。


そして時は今へと戻る。



鏡に写るどうしようもない私。

与えられるだけでなにも変わらない愚かな私。

このままで良い訳がない。

私は今後の事を考えて覚悟を決めた。

手始めに先ほど純一が教えてくれたバイトをする事にした。

知られると絶対に気にしいの縁助くんに止められるから彼らには内緒にしよう。

そう決めた私は最後にもう一回顔を洗ってお手洗いから出た。


待っていて縁助くん。私は絶対にトラウマを克服して見せるから!!

そして、私たちは幼馴染として対等な関係となるのだ。


私の彼に対する、信仰にも似た、卑しくもその資格もないのに持ってしまっている気持ちを伝えるのは少なくともそれをしてからだ。

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