219 え、ちょっと待って(3)

「どうかした?」


 ライトが心配そうな顔を向けたので、アリアナはとっさに取り繕い、笑顔で言葉を紡いだ。


「ううん。ただ、少しびっくりしちゃって。あなたって、ダンスが上手なのね」


 それは、ライトを試すための言葉だった。

 言い置いて、ライトに顔を見られないよう、顔を逸らした。


「アリアナこそ、ダンスが上手だね」


 ああ…………!!


 アリアナが、ライトに抱きつく。


「……ごめんなさい、ちょっと転んでしまって。暫くこうしていてくれる?」


「え……?うん、いいよ」


 怪訝な声だった。

 訝しんではいるけれど、アリアナの異変には気づかれていない。


 顔を見られないようにしっかりとライトに抱きついて、アリアナは息を整える。


 あ〜〜〜〜!!!!!

 あ〜〜〜〜〜〜〜もう!!!!!

 嘘でしょう!!!!?????


 あり得なかった。


 いくら背格好が似ていても、手の高さ、ステップの歩幅、全てが同じになるわけがない。

 顔を見ずに声を聞けばわかる。

 あの時と、同じ返事。

 同じ声音。


 この人……!


 レイだわ…………!!!!


 今までどうして気づかなかったんだろう。


 思えば、まったく知らない人がサウスフィールド公爵家の本邸に入れるわけがない。

 いくら、人の少ない抜け道を知っていたとしても。


 知ってたんだわ!お父様達も、騎士達も。

 ジェイリーだって知っていたに違いない。


 それに……誘拐事件の時は、ライトの姿で外を歩いているのを見た。

 つまり、秘密の姿ではなくて、魔術師としての仕事をする時の変装…………。


「…………」


 こっそりとライトの顔を覗く。

 そしてすぐ、下を向いた。


 その顔は間違いなく、レイノルドの顔だった。


 黒髪だけど!?

 黒目だし!!


 ああ……。けど、黒髪のレイもミステリアスでめちゃくちゃかっこい…………。


 そうじゃない!!


 かっこいいけど、そうじゃないわ!!


 アリアナの頭の中を、ぐるぐると魔術の授業の話が蘇る。


 先生は言っていた。

 精神に作用する魔術もあるから、気をつけなさいって……!


 知らない人にはついて行かないように!!!!

 いい人そうでも悪い人の変装の事もあるからって!!!!

 何か思い込まされる事もあるからって!!!!!!


 私だって、始めは精神系の魔術なんじゃないかって、疑っていたはずなのに。


 思えば、ライトの顔を思い出そうとしても、はっきりとは思い出せない。


 これが…………!!


 これが魔術!!!!


 なんてこと!!!!


 騙されてたわ…………!!!!!


 バクバクする心臓を押さえながら、しっかりとレイノルドにしがみつく。


 ………………いい匂い。


 すーはーすーはー。


 ひとまず落ち着いたところで、アリアナは、落ち着いた顔をつくる。


 離れてゆっくりと見たライトは、もうどう見てもレイノルドだ。


 どうやら、アリアナにかかっていた精神系の魔術が解けたらしい。


 妙な顔にならないように、気をつけないと。


「もう、大丈夫よ」


 レイノルドは、少し心配そうな優しい顔でこちらを見ていた。


 こんな時でも、怪しまないで優しくしてくれるだなんて。


 アリアナは、困った顔になる。

 そして、困った顔のまま、困ったように笑った。



◇◇◇◇◇



やっとライトの正体に気づいたアリアナなのでした。

正体を知っている相手にはもう同じ精神系の魔術は効かないので、ここからはアリアナには、ライトが黒髪黒目のレイノルドくんにしか見えなくなるわけです。

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