91 プリンのお味は

 アリアナは二人から離れ、一人、庭園の隅へ向かった。


 レイったら何を……。

 あんな褒め方ある?

 あんな風に言われたら、本当に似合ってるのかと思っちゃうじゃない。


 アリアナはレイノルドの事を思い出す。


 真摯的なペリドットの瞳。

 少し微笑むように言った言葉。

 けれど、視線はほとんど合わなくて。

 本心はわからない。

 わからないけど、なんだか、つい、本気にしてしまいそうになる。

 もしかしたら、本気で言ってるんじゃないかって。


 だめよ、アリアナ。

 ホストの記憶で知ったはず。

 “言葉”というものの力を。


 本心だと自分に言い聞かせ、まるでそれが本当の言葉のように甘い言葉を口にする。


 貴族などはもっと酷い。


 本心を表には出さないようにして、綺麗な言葉ばかりを紡ぐ。


 こんな大勢居る場でなら、なおのこと。


「…………」


 オーナメントで少し陰になっているベンチへ座る。


 人のいない方を見ると、植木の周りで蝶がパタパタと飛んでいくのが見えた。

 夏なので少し暑いけれど、日陰もふんだんに取り入れ、庭を見ながら食べるスイーツは、なかなか悪くないものだ。


 考えてもわからない事だ。

 落ち着かなくては。


 ひとつ息をはいた時。


「どうぞ、レディ」


 突然、目の前にグラスに入ったプリンが捧げられた。


 視線を上げると、そこに居たのはフリード・スレイマンだった。

 さすが、社交界の中心人物、スレイマン伯爵夫人の息子なだけあって、スマートな物腰。


「こんにちは、フリード様」

 アリアナが、プリンと小さな金でできたスプーンを受け取る。

「こんにちは、アリアナ様。こちらに座っても?」

 尋ねるその手には、自分の分のプリンを持っていた。

 これを断る理由はない。

 せっかくハーレム候補が、向こうから声をかけてきたのだから。


「ええ、もちろん」


 二人並んで、プリンを食べる。

 一口すくうと、固めのプリンのいい香りがする。


「今日は、」

 と、フリードがアリアナの顔を眺めた。


「…………」


 顔を見て、少し沈黙する。


「……いつもより、かわいいですね」


 かわいいと言われて、少しだけ面食らう。

 ……まさか、縦ロールをかわいいと表現する人がいるとは。


「少し気合いを入れてきたんです」

 そう言ってみたけれど、なんだかレイノルドに笑われた後だと、ツンとした悪役令嬢ポーズを取る気にはなれなかった。


 フリードは少しアリアナをじっと見る。


「そうですね、ハニーブロンドが、いつもより輝いておいでです」


「…………?」


 そこで、フリードの言葉が何かおかしい事に気づく。


 “かわいい”ってもしかして、今の私の表情の事か……。

 思い当たると、ふいっと顔を背けた。


 プリンを口に入れる。


「甘いですね」

 にっこりとしたフリードがアリアナの方を見た。


 ……やっぱり、表情のことなんじゃない。


「ええ。とても甘いわ」


 言うと、アリアナはもう一口、プリンを口に入れた。



◇◇◇◇◇



この国では最近、かためのプリンが流行っているようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る