90 悪役令嬢らしさが足りないわ!

「う〜ん」


 アリアナは、朝、鏡の前でじっと自分の顔を見る。

 侍女のサナが、丁寧に髪に櫛を入れる。


 アリアナが目標とするところは、左門が気に入っていた悪役令嬢。

 左門の夢だったハーレムにもさぞ似合うことだろう。


 お色気が多少足りないのは、まあ、年齢がどうにかしてくれる事だろうけれど。

 それでもアリアナには、まだ足りないものがあった。


 アリアナは思う。


 やはり悪役令嬢といえば、縦ロールでは?


 アリアナは、ニコニコとしながら、髪をいじっているサナに声をかけた。


「ねえ、サナ」


「はいっ」


 威勢のいい返事が返ってくる。


「縦ロールにしてみたいんだけど」


「はい?」


 サナが、いやに細工の入ったブラシを握ったまま、鏡の中のアリアナの顔を見た。


「今日のサマーパーティーでですか?最近は縦ロール、あまり流行ってませんよ?」


「できるの?あまり居ないなら、より一層目立つわね」


 そんなわけで、サナはクルクルと魔法陣が描かれているコテのようなものを使い、アリアナの髪を巻いていった。

 さすが公爵家の侍女として働いているだけあって、サナはかなりの有能さを見せた。


 蜂蜜色のブロンドヘアをクルクルと巻いていくと、なかなかどうして、意外と絵になるものである。


 真っ赤なドレスを合わせ、鏡の前に立つと、悪役令嬢らしくポーズを決めてみる。


「よし!ようえ〜ん」


 アリアナの声に、サナがクスクスと笑った。

「その喋り方をやめたら、確かに妖艶ですね」



 その後、サマーパーティーに行くため馬車に乗った時も、一緒に乗った兄弟達の反応は、少しおかしなものだった。

 アレスとルナが一瞬アリアナを凝視した。

 ロドリアスは、流石、物怖じもせず、

「今日は豪華な衣装だね」

 とにっこりと言った。

 アリアナはここぞとばかり、

「久しぶりのパーティーなので、少し気合いが入ってしまいましたわ」

 とツンと言い放つ。


 今日は、バーガンディ侯爵家のガーデンパーティーに招待されている。

 ロドリアスとアリアナもバーガンディ家の子供達と知り合いだということで、今日は家族全員でパーティーに参加することになったのだ。

 相手は騎士の名家。

 東方を守る侯爵家と、“王の剣”である公爵家は関わりもある。

 仲良くしておいて損はなしだ。


 バーガンディ家の大きな庭園で、アリアナは見せびらかすように髪を揺らした。

 その度に、アリアナの縦ロールが陽の光を浴び、キラキラと輝く。

「ほぅ……」というため息がいくつか聞こえるので、見た目自体は悪くなさそうだ。


「……やぁ、アリアナ」

 と爽やかな声に振り向くと、エリックが立っていた。

 エリックが、アリアナにそっと近づき、アリアナの手を取ってキスをする。

 アリアナはツンとした顔をした。


 なるほど、これはいいわね。

 王子様からの挨拶って、絵になるんじゃないかしら。


 エリックがほっこりした笑顔を見せた。

 いつもの、友人に向ける笑顔だ。

「別人かと思ったよ。今日は、雰囲気が違うね」


 アリアナは、少しトーンを上げた声で答える。

「そうかしら。少し大人になったって事かもしれないわね」


 そこでアリアナは、少し離れた場所で眉をひそめるレイノルドの姿を視界に捉えた。

「…………」

 どう見ても、アリアナに対しての表情だった。

 目が合ってしまうと無視するわけにもいかず、レイノルドが二人の元へやってくる。


「こんにちは、レイノルド」

「ああ」

 あっさりとした挨拶を交わす。


 アリアナは少しだけ身構えた。

 レイノルドと会うのは、あのパンケーキの日以来だった。


 何か、空気が変わってしまうんじゃないかと思って。


 アリアナは、何を言われるのかと、口を一文字に結ぶ。


 レイノルドはアリアナと視線を交わすと、

「今日は一段と……」

 と言いかけ、

「ふっ」

 と笑い出した。


「なっ……」


 流石に褒めてもらえると思ってはいなかったが、まさか悪役令嬢らしく作った外見に吹き出されるとは……。


 レイノルドが、クスクスと笑う。


 アリアナは少し照れた顔で、それでも悪役令嬢らしくふんぞりかえる。

「似合ってないとでも言うの?」


「いや、失礼」

 レイノルドが言い直す。

「似合ってるよ、すごく」



◇◇◇◇◇



縦ロールはシャルルにはかなり好評だったはずです。

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