86 君の事は話せない

 久しぶりに、アリアナはライトと対面していた。

 アリアナが屋敷に戻ってからも、しばらく顔を見せなかった。

 ライトもこう見えて、何かと忙しいのかもしれない。


 コポコポと注がれるお茶の匂いは、いつもの部屋でいつもの人と居る時の、居心地のいい匂いだった。


 いい加減いい人なのはわかったけれど、ライトの素性はわからず、あまり高価な物やアリアナが渡した事がわかるような物をあげる事はできない。

 そのため、出来るだけ高価にはならないよう、出店でチェーンを付けキーホルダーにしている魔術玉を見つけたので、それをお土産にした。


 魔術玉は、観光地のお土産としては定番の物で、魔法陣が描かれたビー玉のようなものに、その地の風景を染み込ませ、玉を覗くとその風景が見えるようになっているものだ。

 買ってきたその魔術玉には、湖の水面が、ゆらゆらと見えた。

 うっすらと、魚の影も見える。


「そんな風にね、三人でいろいろな場所へ行ったり、剣術を習ったりしたのよ」

「ずっと三人で?」


「え?」


 一瞬、レイノルドと会った事も話そうかと思ったけれど、なんだかそれは、言ってはいけないような気がした。


 言いたくない。


 そうだ。


 秘密なんだ。

 私とレイノルドだけの。


 私は、あの時の事を、誰にも話さないで、大事にしたいんだ。


 だって二人きりだったんだから。


 誰かに教えてしまうのは、もったいない。


「一人だった事も、あったわよ。散歩だって一人で行くし」

「散歩?」

「ええ、近くに湖があって。この魔術玉の場所よ」

「へぇ……」


 ライトは、湖で会ったアリアナの事を思い出さないようにした。

 流石に、本人の前でそんな妄想に耽るのは、悪い事のような気がした。


 何も考えないよう、ライトは魔術玉をじっと見つめる。


「そこで、シャルル・バーガンディに会ったの」


 ………………ん???


 シャルル・バーガンディ……???


 シャルル・バーガンディといったら、剣術大会でアリアナが応援していた、中等科の少年だ。

 妙に応援していたので、気に入らなかった事を覚えている。


「うちの養成学校にいたの」


「そうなんだ」

 ライトは聞いているフリをする。


 シャルル・バーガンディ???


 僕は……???


「それで、剣舞に誘われてね。私、シャルルと剣舞を踊ったのよ!」


 ライトのそんな気持ちにも気づかず、アリアナは楽しそうにライトの前で話をした。

 お土産話のつもりだった。


「シュパン!て振り下ろした先にシャルルがいるんじゃないかって、何度も不安に思ったわ。けど、最後の最後にね、完璧に歩調が合ったの」


 結局、色々な話を聞いたけれど、アリアナは最後まで、レイノルドの話をしなかった。

 出会った話も、木製の伝書鳩の話も、一緒にパンケーキを食べた話も。


 アリアナが旅行の間、どんなものを見てどんなことをしていたのか、興味深かった。


 とはいえ、自分の話が全くないのは、土産話にするほどのものでさえなかった事なのかと訝しんでしまう。


 美味しいパイを食べたのはわかったけれど、パンケーキはどうだったの?

 僕と会ったのは楽しくなかった?


 モヤモヤとした気持ちの中で、夜は更けていく。



◇◇◇◇◇



すれ違う二人。

というか、すれ違わない二人だったら、こんなに何年も疎遠になったりしていないのです。

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