85 アカデミー寮訪問

 ガタガタと馬車が行く。


「ありがとうございます。送っていただいて」

「いいえ。寮も気になっていたから」


 アイリの申し訳なさそうな顔に、アリアナとシシリーは笑顔を向けた。


 リリーシャ子爵家は、帰れないほど遠い場所ではない。

 けれど、アイリの帰る場所はアカデミー寮だった。

 夏休みだというのに、帰るどころか、特に何の連絡もしていないようだった。


 やはり、子爵とメイドの子供というのは、家に居場所がないのだろう。


 アカデミー寮に帰るアイリについて、アリアナとシシリーは寮まで付いてきていた。


 それは、興味本位でしかなかった。


 大きな木造の建物は、用事がなければ寮生しか入る事はできない。

 入るなら、アイリを送り届けるという大義名分を背負った今しかないのだ。

 アカデミーの寮がどういったものなのか見るには、今この時を逃す手はなかった。


 アリアナとシシリーは、寮の前で、

「おかえり、リリーシャさん」

 と声をかけてくれた寮の管理人のおばさんに挨拶をする。

 笑顔が柔らかく、優しそうな人でよかったと、アリアナとシシリーは内心安堵する。


 寮は、食堂とお風呂が別棟になっており、大きな木造の建物は、主に生徒の部屋が並ぶ。

 この皐月寮は女生徒専用なので、女生徒ばかりが入っているはずだ。


 ただし、今は夏休み。

 実家に帰る生徒が多い事もあって、寮の中はがらんとしていた。


「夏休みなんですけど、食堂で食事も出ますし、自由に使えるキッチンもあるので、居心地はいいんですよ」

 とアイリがあっけらかんと言う。


 夏休みといっても、実家に帰らない生徒もいる。

 アカデミーが生徒を困らせるような境遇に置くわけがないので、そこまではアリアナとシシリーにとっても想定内だった。


 二人が驚いたのは、アイリの部屋に入った時だ。


「…………」


 部屋の広さは申し分ない。

 家具も、なかなかいい作りになっている。

 けれど、それでも真っ白な壁に、そこそこ大きな真っ白なベッド、そこそこ大きな簡素なタンスしか置いていない部屋は、曲がりなりにも貴族令嬢とは思えなかった。


 勇気を出して口に出したのは、アリアナの方だった。

「家具は……これしかないの?」


「はい」


 アイリが申し訳なさそうに答える。

「椅子もなくて申し訳ないです。応接室を借りれば、お茶くらい飲めるんですけど」


 寮生達は、自室を好みに改装してもいい事になっている。

 だから、手の込んだ寮生の部屋は、壁紙から照明から何もかも違う。

 応接セットに豪華な衝立をつけ、ベッドも豪奢で、といった具合だ。

 そのため、寮に最初から備え付けられている家具は、必要最低限しかないのだ。


 確かに、リリーシャ子爵家だって、メイドとの子供にそれほど多額な金額は出せないだろう。

 けれど、申請すればお金もかけずにそれなりの部屋に仕上がるはず。

 簡単な応接セットもクッキー缶のひとつもないというのは、親でさえ訪問しない、一人きりの場所だという証拠でしかなかった。


 申請すらできないっていうの?

 クッキーを買うお小遣いすらないと?


 アリアナは、その場で思わず言い放つ。


「アイリ、私のところで働かない?」


 アイリに、居場所とお小遣いをあげないと……!


「…………!」


 その言葉に驚いたのは、アイリだけではなかった。

「えっ……?」


「……?どうしたの、シシリー」

 シシリーがずずいっとアリアナに詰め寄った。


「将来、あなたのそばで働くのはこの私よ!」



◇◇◇◇◇



三人は仲良しなんですけど、ハーレムを作る話だからか三角関係状態だったりもします。

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